「オレは怒ってるんだぁ!」since 2000/06/01

「ある恋のかたち」

last updated 2000/12/08


第四章  秋

 それからの二人は、さらに大胆になっていった。圭子は社内でも『係長』と『洋二さん』の区別がつかなくなり、私も『高水さん』と『圭子』が区別できなくなっていた。
 たまたま課内に二人だけ残った時、私は圭子を呼び寄せた。
「あさって八王子営業所へ出張なんだ。圭子は有給休暇をとって一緒に行かないか。用事はすぐに済むから、その後ドライブしよう」
「いいよ。行こう行こう!」
相変わらず子供のように喜んでいる。

 またある時は、新築の医院の機器納入につきあわせた事もあった。
「あとは、チェックだけだから君達はもういいよ。高水さんと二人で出来るから」そう云って、会社の搬入係を返した。
「新しい匂いがする」
「新規開拓が成功するのは、気持ちが良いもんだよ…ってオレもつくづく会社人間だよなあ」
そう云いながら、玄関のドアをロックした。私は、圭子を抱きしめ、搬入したばかりの入院患者用のベットに誘った。
「こんなところで大丈夫?誰か来たりして…
私は、ポケットからキーを取り出し、親指と人さし指でつまみながら、
「機器のチェックが終わったら、院長にこいつを返すことになってる。ここにはオレ達しかいないし、誰かが来ても入れない」
「最初っからそのつもりだったのね。もうっ…」

 その後も私達は、残業の後の休憩室、営業車の中と、感情のままに愛し合った。喫茶店でお茶を飲み、レストランで食事をし、休日には海や山へ出かけ、まるで普通の恋人同士のようだった。
 そんな中、残業の途中で圭子に手料理をご馳走することもあった。独身生活が長かったせいもあって、料理には自信があった。対して圭子は、母親の手伝い程度の事しかやったことがないらしく、私の作る、特製ラーメンやカツ丼に感心しながら、作り方をメモしたりしていた。もっとも、休憩室の小さな台所では満足に腕をふるえなかったが、それでも圭子は、『おいしいね』と云って食べてくれた。私も、その言葉に満足していた。

 秋もだいぶ深まった頃、私達にとって重大な三つの事件がもち上がった。
  一つは、社内に私達の関係についての噂が広がっていったこと。やはり、自分達でさえ公私の区別がつかないほどになっているのに、周りが気付かないはずがない。圭子が、香田幸子に忠言されたらしい。
 二つ目は、圭子の両親が娘の不倫を知って相当なショックを受けていること。私との関係が始まった頃、彼女には既につきあっている男がいたらしい。圭子の話によればその男は、小さい頃から家族ぐるみでつきあっていた圭子の同級生だという。二年ほどつきあったが、その恋にのめり込むことができず、私との関係をきっかけに別れ話を切り出した。男は怒り、相手は誰だと問い詰めるが、圭子は新しい恋を否定した。それでも男はあきらめきれずに何日も会社の前で待ち伏せして、とうとう私達がホテルへ入るところを見た。後日、圭子宅へ訪れ、両親の前で一部始終を話した。圭子は弱々しい声で否定し続けたが、何の言い訳にもならなかった。男は『オレは、あきらめる。でも、圭子の為に忠告する。不倫だけはやめろ!最後に泣くのは圭子だから』そう言い放って、帰っていったという。その話には私もショックを受けたが、今はどうすることもできない。なぜなら、そんな事より三つ目の事件の方が大変なことだから。

 圭子の体に変化が生じたのだ。
「ちょっと遅れてるなあ、ぐらいにしか考えてなかったんだけど、薬局で妊娠検査薬っていうの買ってきてね、やってみたの。そしたら、バッチリ反応出ちゃって」
と、まるで他人事のようにあっけらかんとしていた。それは私に心配かけまいとわざと明るく振る舞っているのか、それともゆくゆくは私との家庭を望んでいて、妊娠によって私を束縛できると喜んでいるのか。私は、頭の中でいくつもの想像が交錯していた。つきあってる女が妊娠するなんて、初めての事だった。
「と、とりあえず、病院で確かめてこいよ。話はそれからだ」
明らかに動揺していた。
「それからって……。わかった。明日、病院へ行って来る」
私の言葉が予想と反していたのか、圭子の顔色が一瞬曇った。行いの後に来る結果はわかっていたはずなのに、目の前にある現実に毅然とした態度をとれない自分が情けなかった。
 行き交う人は、皆コートの襟を立てている。季節も、そして私の心も厳しい冬に向かっていた。圭子と出会ってもうすぐ一年。私も40歳になる。

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