柏崎の旅

1.日程 
  9/25 秋田発9:15 いなほ8号 新潟着12:57 新潟発13:04しらゆき6号 柏崎着14:20 
      ドナルドキーンセンター(諏訪町) 見学 学芸員 大西 慶 様 と会う
      ホテル アルファワン柏崎 に宿泊
  9/25 柏崎発8:08 新潟着9:25 下車 若狭君と会う 新潟発12:33いなほ5号 秋田着16:04
2.目的
  @ 「方丈記」について、ドナルドキーン との関係を知ること。
  A 梅田幸七が歩いて、旅した道筋を 電車で確認すること。

  @ 「方丈記」について
   事前に 手紙で 大西 慶 様に問合せていたので、大西様が ドナルドキーン先生のすべての著述
   調べ、まとめてくれていた。その抜粋の中に、ドナルドキーン先生が ケンブリッジ大学で、4年、
   コロンビア大学で 56年間  「方丈記」を 教材として 教えていたのだ。そんなに読み込んでいたら
   隅々まで、体得していたと思います。だから 中越沖地震と聞くと、「方丈記」を思い出すのでしょう。
   私が 「方丈記」に感動しているのは 科学の発達していない千年も前に正しい自然観を持ち、記述し、
   無常観を主張している点です。
 
 A 私の祖先(曽祖父)梅田幸七は 明治22年4月2日から 6月17日まで、まだ鉄道のないときに 全国
    旅行した「止宿帳」が見つかり、解読した。
    能代より、奥羽線に沿うて、山形県楯岡まで、進み、仙山線沿いに進み、仙台へ。東北線沿いに、
    矢板、ここから、日光に向う。日光線沿いに、宇都宮、そこから、日本橋、新和泉町、横浜、横須賀、
    東海道沿いに、鎌倉、藤沢、浜町、名古屋、ここから、三日市、津と伊勢に向かい、折り返し、石部、
    京都、ここで、18日間逗留、そして奈良東大寺、法隆寺、三輪、吉野山、高野山、麻生津、和歌山線
    沿いに、加太浦、和歌山、大阪、山陽線沿いに、高砂、大阪に戻り、ここから、日本海に向かい、敦賀
    福井、金沢、伏木、直江津(現 上越)、そして柏崎、ここからは今回の旅行と合致する。
    祖先は 弥彦へ向ったが 私は 信越線で、新潟にきた。祖先の宿泊地は 柏崎、弥彦、田上、亀田
    新潟、ここからは 羽越線沿いだから、合致している。岩船、温海、鶴岡、吹浦、本荘、秋田、能代
    能代から、柏崎まで、現在では 7時間24分。明治22年では 11日かかっている。
 B  能代から新潟まで、3時間42分 こんなに長くなると、尻にクッション、足にスリッパーが良い。
    乗客は多くないので、自由だ。車社会だから、電車は空いている。座席指定は更にだ。往復座席指定    で、日本海側の席を予約していたので、快適だ。窓の外の新潟平野、庄内平野とも豊作だ。
 C  私は 平安時代の地震、竜巻、遷都が 現在の東日本大震災、津波、原発の爆発が似ていると感じ     ているのです。そして鴨長明や良寛のように、三食自分で用意して生活しながら、著述している人は
    偉いと思っている。
 D  25日 新潟に 9:25到着 万代口で、若狭君が待っていて、手を上げていた。駅ビルの食堂で、生ビ     ールで乾杯し、お互いの健康を祝した。それから知人の動静を話して、社会や政治を話した。同期生は
    時代を共有しているのだ。それで話がかみ合っているのだ。同期生は有難い。
       
    最初の頁に戻る         国内旅行に戻る