2006.9.6 ~ 10 農協観光ツアー 「成都、九寨溝、黄龍の旅」 秋田空港からのチャーター便に入れてもらい、
「三国志」の蜀の都、成都だけを観光した。ツアーでは 2日目が九寨溝、3日目が黄龍でしたが
この2日間、中国語ガイドを頼んで成都市内を妻と観光した。
日程 9/6 秋田空港国際線1F集合 12:30 離陸 14:25 成都双流空港着陸 18:30 滞空時間 約
5時間
200名乗りジェット機に 県南の農協団体で、約 30名位のバス
6台で 行動した。
ホテルは 家園国際酒店(Homeland Hotel) で空港から 10分の所にある。
9/7 ホテル出発 9:00 1.武候祠 2.青羊宮 3.永陵 昼食 4.文殊院 5.大慈寺 6.望江楼公園
9/8 ホテル出発 9:00 1.成都動物園 2.杜甫草堂 昼食 3.人民商場、百貨大楼 4.成都同仁堂
5.伊藤洋華堂 6.文軒書店 喫茶 夕食(明苑、ここで、団体と合流する)
9/9 ホテル出発 8:30 高速道路にて 眉山サービスエリア 高速道路にて 楽山桟橋 遊覧船から
楽山大仏を見物する。 昼食 高速道路にて 市内に帰る。 成都友誼旅游商店で
ショッピング 武候祠見学 夕食(蜀品軒) 川劇(芙蓉国粋)は希望者のみ
9/10 ホテル出発 6:30 空港着 6:45 離陸 8:30 秋田空港着陸 13:55 滞空時間 約
5時間30分
成都から武漢、太湖、上海、福岡、富山の上空を通過して、秋田空港に着陸した。
「三国志」によると、西暦 230年頃の中国では洛陽を都とする魏国の曹操と建業(南京)を都とする呉国の孫権、
そして、劉備は一度は漢中王を宣したが長坂坡で大敗して、赤壁の戦いで、孫権との連合軍が勝利し、成都に
入り、蜀を都とした。ここに魏、呉、蜀、三国鼎立時代となる。263年、蜀は魏に下り、280年、呉も敗れ、西晋時代
となる。劉備と諸葛孔明の史跡は漢中王だった漢台と劉備が崩御した白帝城とこの成都にあるという。
観光地の状況と感想
1.武候祠 蜀の国に来たら諸葛孔明に敬意を表して、武候祠を第一に訪ねた。「武候」とは諸葛孔明の故称(
死後の贈り名)である。しかし武候祠の入口を入ると「漢昭烈廟」の扁額が掲げられている。「昭烈」は劉備の
故称であり、劉備の像が祀られていた。その左側には武将像が その右側には文臣像が並んでいた。その奥 に「武候祠」の扁額が掲げられ、孔明の像が祀られていた。「漢昭烈廟」の左に進むと、「恵陵」という劉備の
お墓がある。白帝城で死去したので、そちらにも陵があるとのことだった。劉備のお骨がこの「恵陵」に入って
いるか疑問だという。白帝城で 夏にお亡くなりになり、当時ここまでご遺体を運搬することは不可能に近いと
言うのです。私は高校のとき吉川英治の「三国志」を図書館に通い読んだ人物が活躍した場所に立っている
幸せを感じた。その時の遺跡「蜀の桟道」には時間の関係で行けなかった。成都から漢中に向かう近道として
絶壁の川岸に木を差し込んで作った。現在の剣閣から広元の間の嘉陵江の川岸である。成都の中心をa江
の支流の錦江が囲んで流れている。成都の北西約60kmのところのa江に「都江堰」という大規模な灌漑施設
がある。これは紀元前300年頃完成れたもので、「三国志」の時代にも蜀の国はこの恩恵を受けていた。この
「都江堰」も遠くて行かなかった。
2.青羊宮 唐代に創建された道教寺院で、現在の寺院は清代に建てられ、老子が祀られている。これまで
見た道教寺院は殆ど関羽が祀られ、商売の神だったので、本物の道教寺院だと感じた。
3.永陵 西暦850年頃、前蜀帝王建の墓で、日本の年代では平安時代に当たるのだが 王建の棺の回りの
壁には24人の宮廷伎楽士が石に彫られ、12人の力士石像が遺されている。
4.文殊院 南北時代(420~589年)に創建され、明代に焼失し、清の1691年に再建された仏教寺院である。
銅製の仏像が大小100体蔵す。
5.大慈寺 唐代の創立で、玄宗(在位712~756年)が「勅建大聖慈寺」の額を下賜。壁画も名高く、蘇東坡(1036~
1101年)は「精妙なること世に冠たり」という言葉を残している。玄宗在位中は日本では奈良時代に当たり、
遣唐使の交流があり、仏教が盛んであったと推定される。ただ現地の日本語ガイドはこの寺を初めて訪問
したと言っていた。彼等は成都市内では武候祠、杜甫草堂、成都動物園しかツアー客に案内していなように
感じた。
6.望江楼公園 成都市街の南東にあり、唐代の女流詩人薛濤(768~831年)を記念して造られた。薛濤が竹を
好んだことから 141種類の竹を植えられていて、別名「竹の公園」とも呼ばれている。薛濤の詩碑や塑像や
お墓もあった。お墓の文字は女性のためか、朱が入れられていた。ここにある望江楼は清の光緒年間に建て
られ、「崇麗閣」と呼ばれていたもので、上下四層で、高さ30m、上2層は8角形、下2層は4角形である。楼の
上からすぐ眼下を流れる錦江、市内の高層住宅など、眺めが良い。
ここを出たところで、夕食まで時間があるので、茶館に入った。蓋つき茶碗にお茶が入っている。これにお湯の
ポットを置いて行った。周りを見ると、老人と老女が麻雀卓を囲んでいる。3卓と、若い女性二人が打ち合わせ
している。お茶10元で、一日中居ても良いと言う。高齢化社会ではこのような場所が必要だと感じた。
7.成都動物園 今日のガイド、呉さんは 20年前、東海大学を卒業したという。ホテルから無料バスにて、成都市
の中心、市政府まで行き、そこからタクシーで、動物園へ向かう。16元だった。日本円に直すと、240円、安い。
平日だったので、客は数えるだけで、パンダは10頭いると、案内書に書いていたが
3頭しか見られなかった。
この四川省がパンダの故郷で、ここから全世界に贈られている。呉さんの話だと、パンタ゜繁殖センターが最近
作られ、そこには パンダに触ったり、隣り合って写真を撮ったりできるとのことだった。
8.杜甫草堂 759年から4年間、安禄山の乱を逃れた杜甫が仮小屋を造り、質素な生活を送った場所。彼の全作品
1,400首のうち代表作を含む 247首がここで生まれた。唐の末、杜甫を記念して、仮小屋の跡に草堂が建てら れ、明代に再建され、現在は20haの広大な敷地に到っている。建物には杜甫の詩がいろいろ掲げられていた 。しかし日本で有名な「春望」の詩「国破れて 山河あり・・・・・」が見えない。しばらく歩いて、売店を見たら
そこに掛け軸となって売られていた。そこでガイドの劉さん(重慶大学を卒業したばかり)に聞いて見た。中国
では 「春望」の詩を学校では教えていないと言う。
9.人民商場、百貨大楼は 市の中心にあり、平日なのに ごった返していた。1000万人都市だ。そこから春熙路
の雑踏を歩いて、成都同仁堂に向かった。向かい側に北京同仁堂があり、そちらに先に入り、漢方薬を求めた
それは風邪や咳の薬だったが しかしシステムが変わって、患者の症状に合わせて、調剤し、販売するという。
他人の薬は買い難くなってしまった。成都同仁堂も同様だった。
10.伊藤洋華堂 成都で唯一、日本からの出店で、昨年の反日運動のときは 石を投げられて、ガラスが壊れた
という。今は平穏で買物した。スカーフは日本と同じ価格だった。店は沢山の人で繁盛していた。
11.文軒書店 書店に入ったら書庫に入る木戸では鞄やハンドバックなど本が入りそうなものはすべて、預かり、
預り札を貰って入らねばならなかった。CDとかDVDとか小さくて、高価なものが多くなったので、万引き防止
だ。ここで Video CD 2枚組を購入した。18元、日本円で、270円である。
12. 楽山大仏 成都から南へバスで 2時間の所、凌雲山の西の岸壁に彫られている。71mで、世界最大の石刻
大仏である。東大寺の大仏が18mだから大きい。だから船に乗ってa江の岸を離れて眺める。唐代713年
から約90年の歳月をかけて造られた。大仏は隣接する凌雲寺の本尊弥勒菩薩とのこと。
武候祠 成都中心部の繁華街
今回の旅行で感じたことは チャーター便に乗せてもらって、そのツアーの団体とは別に、その都市を個人見学
することの快適さを体験した。高価な土産店に長時間滞在しなくてよいし、自分が見たいところが見れる時間が
多くなるし、自分の体調に合わせて行動が出来るので、リラックスした行動ができた。時間ストレスが少ない。
現地の人びとが買物しているデパートやスーパーで、中国人の価格を体験できた。
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