この遊びを恋と笑って



 数十歩分先にある、小さな的。中心は極小さく、赤く色づけされている。その小さな的を、ホームズは狙っている。
 幼い頃から一日の練習の終わりに必ずここを狙っていた。最初はかすりもしなかったが、最近になってようやく円の縁に当たるようになった。ホームズは年の割に才能があり、放つ矢はどんどん精度を増していった。それでも、ホームズはまだ的の中心を射抜いたことはない。実力は十分に備わっているのにも関わらず。
 静かな練習場に、ホームズの闘志が満ちる。眉を寄せ、的の赤を睨みつける。左手でしっかりと弓を支え、右手で限界まで矢を引き絞った。だが、矢はホームズから放たれなかった。
「・・・何か用か、シゲン。」
「ようやく気づいたか。」
 振り返ると、ドアにもたれ掛かるシゲンがいた。いつものように不敵に笑うシゲンは、ホームズの元に歩み寄った。
 ホームズは、訓練中に邪魔をされるのを嫌った。訓練中だけは唯一一人になれ、シーライオンのリーダーである必要もない。だからホームズは常に一人でここにいた。
 それでも、シゲンはホームズにどんどん近寄っていく。ホームズはあからさまに嫌そうな顔をしたが、シゲンを制止したりはしなかった。制止しても聞く相手ではない。シゲンを放っておいてホームズは再び弓と矢を構えた。
「おいおい、せっかく人がアドバイスしてやろうと思ったのに。聞かねぇで撃っちまうのかよ。」
「うるせぇ。弓も使えねぇてめえにアドバイスなんかできるか。」
 視線は的から逸らさず、矢をつがえた。それを見ていたシゲンはホームズの二の腕を掴み、身体を近づけた。
「弓以前の問題だ。お前は少し気張りすぎてる。」
 シゲンのわずかに掠れた低い声がホームズの耳を打った。不必要に耳に息がかかっている気がして、ホームズは頬に朱を走らせた。そんなホームズに気づく様子もなく、シゲンは続けた。
「だいたい、ツラがおっかねぇぞ。いつもの戦場みたいに緊迫した状況じゃねぇんだから、気楽にやれ。」
「う、うるせぇっ!てめえがいるから・・・。」
 言いかけて、ホームズは口を噤んだ。さすがにこれはシゲンの耳にも届き、拍子抜けしたような顔になった。それから、またさっきのような意地の悪い笑みを浮かべた。
「ふっ・・・。俺のせいにするのか?」
「・・・・・・・・・!!気が散るんだよ、出てけ!!」
 言葉の割に、異性は悪かった。完全に茹で上がった顔をみられたくなくて、顔をあさっての方に向けていたせいだった。
 シゲンは、渋々といった感じで練習場から出ていった。





 ホームズ一人の練習場は、とても静かだった。自分の荒い呼吸の音や早鳴りする心臓がホームズの耳を覆った。
 それでも、そのさらに奥底はシゲンの声が支配していた。至近距離で掠れた甘い声がホームズの鼓膜を震わせ、少しだけ香った海の匂いが心地よく染み渡った。きっと、シゲンがいると分かったときから、心臓と肺は忙しなく動いていただろう。
「クソッ」
 舌打ちして、手元を見る。弓と矢を握る手は震え、間接は白くなっていた。これでは的を射ることなどできない。乱暴に弓をおいて、ホームズは座り込んだ。
 あの時、シゲンに捕まれた腕がかすかに痛んだ。ホームズは本気で矢を放つつもりだったので、強く押さえていたのだろう。腕には少し赤い痕が残っていた。その腕を見ると、途端にさきほどのことを思い出し、耳まで赤くなった。まるで、女にするように自分を腕一本で押さえたのだ。恥ずかしさが来て、次に怒りが来た。
「あの野郎!このオレを女と同じにするんじゃねぇ!!」
 静かな練習場にホームズの怒声が響いた。叫びでもしないとシゲンに心を支配されてしまいそうだった。頭がいっぱいになってしまう。今まで何一つ疑うことなくシゲンを仲間と思っていたのに、これでは今までのことが全て嘘になってしまう。認めたくはない。
 それでも、強くそう思っても、いつまでも頬は赤く上気したままだった。どんどんどんどん、頭が埋まっていく。シゲンが練習場を去って寂しさを感じたのは、間違いなかった。





 結局、ホームズは的を射ることはできなかった。シゲンが去ってから弓に矢をつがえることすらままならなかった。いつまでも頭が的をまともに見なかったせいで。ホームズの機嫌は一気に坂の下へ転げ落ちた。目の前で仲間と談笑するシゲンを見るとますます苛立った。
 意外と人当たりが良く、面倒見の良いシゲン。暴走しがちなホームズをおさえてフォローするところからわかっていたが、やはりシゲンはホームズより年上だった。仲間との会話の端々でもそれは感じられ、今のホームズに嫌悪感を与えた。
 幼い頃は、確かに憧れていた。同世代の仲間とは違い、何でも良く知っていて剣も強い。それらは昔から今まで何一つ変わっていない。今まで、良い友達で、憧れの対象だった。
 これを、恋のようにしてはいけない。あとで辛い思いをするのは自分だけだし、受け入れたくないところも見なければいけない。何よりも、シゲンとの体験すら壊してしまう。
 ホームズは、シゲンから目を逸らそうとした。そのうちシゲンは視線に気づき、意地悪く話しかけて来るだろう。今、話なんかしたら間違いなく余計なことを漏らしてしまう。そうすれば、終わりだ。あれだけしてはいけないと思っていたことをしてしまう。
 それでも、ホームズの視線は相変わらずシゲンに向けられた。無防備なシゲンを隅まで見ようとしてしまう。必死で目を逸らしても、すぐまたシゲンを見てしまう。端から見たら、きっと間抜けに映るだろう。
 誰か、笑い飛ばしてくれたら、こんな目に遭わなくて済むのに。ホームズは、口を開きかけたシゲンを真正面から見つめた。

乙女ホームズ悪戦苦闘日記その一でした(大嘘)。文中のホームズを全部ジュリアにかえたらシゲジュリになりそうです。まあお手軽v(死)タイトルはCHARAのアルバム「マドリガル」に入ってた曲より。でもまだ曲聞いてません。(2001,8,22山田暁)