戦場でキスを
騎士になることは幼い頃からの夢だった。
身近な人が立派な騎士になっていくのを見て、自分も故郷のために戦い
たいと常に願っていた。死さえも恐れないと思っていた。
だが今、こんなに騎士という立場を恨んでいる。
今日も訓練を終え、宿舎に戻る。自分のような平兵士に個室などあるわ
けがなく、帰るのはたいてい同じ部屋の青騎士と一緒だった。でも、今日
はいつものような騒がしさがない。
「じゃあ、この辺で。おやすみ、マイク。」
マイクロトフは隣を見た。少しだけ低い位置で微笑む親友を、複雑な想い
で見つめた。
「ああ、おやすみカミュー。」
心情を表に出さないように言うと、カミューはにっこり笑って赤騎士の宿
舎に入っていった。去る背中を見て、マイクロトフはうなだれた。
あと3日もすれば、ハイランドとの交戦の日が待っている。たまにある小
競り合い程度のものと思われるが、マイクロトフとカミューにとっては初め
ての戦場となる。間近に控えた実戦で高ぶった心を静めるために、最近
はカミューと二人で帰っている。
が、それは逆効果だったと気づいたのはごく最近になってからだ。
青、赤、白の騎士団はそれぞれ訓練場所もメニューも違うので、訓練中
はほとんど顔を合わせることはない。それが、こうして二人でいると、カミュ
ーの新たな顔を見ることになってしまった。
知らぬ間に自分より低くなっていた背丈、繊細な髪。あれほど達者に剣
をふるうとは思えない細身の体。端正な顔。
親友だと思っていた。向こうも、そう思っているはず。だが、俺は。俺は
あいつを見て、あらぬことを考えている。
「−−−クソッ」
やりきれなくて、下を向いた。現実から目を逸らしたかった。
部屋に戻れば、いつもの騒がしさが待っていた。戦いが近いと昂揚する
者、鬱々とする者。カミューと過ごしたあとはこの音が心地よく感じられる。
カミューといると、周囲の音が静かになって、自分の心音だけがドクドクと
うるさい。
気持ちを悟られてしまいそうで、怖い。
前は、こんなことはなかった。剣の腕も互角で、競い合うように成長して
いった。二人でいれば楽しかったし、強くなる自分を確認できた。
何故、何故今、こういう感情を持っているんだろう。戦いが近いこの時期、
迷いは戦場で死をもたらす。
初の実戦。手加減はない相手。大勢の敵。何の整理もしていない自分
の気持ち。死。
様々なことが心を占めた。中でも、カミューへの思いは大きかった。
「マイクロトフ、どっか行くのか?」
「風に当たってくる。」
宿舎の中庭に出ると、月が見えた。不気味なまでに細い月は、冴え冴
えと白い光を投げていた。
「マイク?」
「かっ、カミュー!?」
大声を出すと、小さい子供にするようにカミューは「静かに」の合図をし
た。そのままカミューは中央に向かって歩き出した。
「眠れないんだ、毎晩。知らなかった?ここに毎晩来てたこと。」
「知らなかった。この時間は寝ているからな。」
「早く寝るのは苦手なんだ。」
カミューは黙り、花壇の傍に座った。隣に腰掛けると、また静かになった。
途端、心音が響いた。手の中を嫌な汗が滑り、息が詰まるような気がした。
「マイクはどうしてここに?」
「俺はっ・・・。」
妙な声が出てしまった、と後悔した。それでも、口は動き続ける。
「眠れなくて・・・。」
「珍しいな。そこらの子供より早寝早起きのお前が。」
「気が高ぶってるのかもな。3日後には戦闘だ。」
「ああ。」
手が震えている。気づかれてしまっただろうか。カミューの前では、自分
はこんなに臆病だ。死に、カミューに。もし出会わなかったら、こんな気持ち
は知らずにすんだ?臆病にならなかった?
いや、違う。出会わなかったら別の人間になっていた。マイクロトフは前を
見た。
「マイク。」
「何だ?」
「死は、怖いか?」
カミューは微笑んでいた。月の光で照らし出された顔は、白いのに闇に溶
けて消えそうだった。
「カミュー、俺は・・・。」
「うん。」
「怖い。すごく。」
「何故?」
「それは・・・。」
少し、息が詰まった。目の前のカミューがどんどん溶けていく。なくなる前
に。別れる前に言わなければ。
「お前と一緒にいられなくなる。」
「・・・・・・」
カミューが黙った。マイクロトフは止められず、想いを打ち明けた。
「好きだ、カミュー。」
「・・・・・・そんな、マイク・・・。」
沈黙の後のカミューの声で、マイクロトフは立ち上がった。また心音が大
きくなって、そばにいるカミューにまで聞こえそうだった。
「マイク・・・っ。」
走り去ったマイクロトフを、カミューはただ目で追うしかできなかった。
あの夜から急に忙しくなった。交戦地までの移動や物資の運搬など、
気がつけば今日の実戦まで言葉をかわしていない。
心は、不思議と落ち着いていた。胸のつかえがとれ、丁度いい緊張が
体を覆っていた。
カミューを見つけてしまった。カミューは他の赤騎士と話していたが、マ
イクロトフの視線に気づくとこちらに向かって歩き出した。琥珀の瞳と視線
が絡み、金茶の髪が人混みを掻き分けて近づいてきた。
「人の話も聞かずに逃げるなよ、マイク。」
「カミュー・・・。」
あっという間にカミューはこちらに来ていた。相変わらず笑顔のカミュー
に、心音は以前のように大きく鳴りだした。
「話って・・・?」
「ニブいな、全く。」
顔が火照っている。団長と話す時ですらこんなに緊張はしない。ゆっく
り近づくカミューの唇を、信じられないような目で見ていた。頬が少し冷え
る。
気持ちよくてしばらくカミューを見つめた。
「そんなに見るな。気恥ずかしいだろ。」
「スマン。」
どちらからともなく笑った。どちらからともなく顔を近づけ、また笑った。
カミューに招集がかかった。去り際、カミューは素早くマイクロトフに耳
打ちした。少し紅潮した頬を緩めた。
「よく覚えておけよ!」
「そんな・・・。」
最早耳まで真っ赤のマイクロトフは、戦いの準備の中で呆然としてい
しかなかった。どんどん顔は熱くなって、でも心音はどんどん穏やかに
なった。
「好きだった。今は『大好き』。」
マイクロトフは、愛剣を手に走った。
終
初マイカミ。ただの馴れ初め話と化す。「戦
場のメリー○リスマス」系。(なんだそれは)
カミューが大分マイクを尻に敷くカンジで。
(2001,5,16 山田暁)