そして青い空を
むっとする血のにおい。剣の交わる音。人が倒れていく。
互角。というには少しこちらが劣るか。細身の剣を携えた青年は眉を寄せた。
味方が不利と知れれば、途端士気は下がる。
「ビクトール!!」
青年は声を張り上げ、剣を抜いた。最も陣の厚い所に走って行き、一人、二人
と斬っていく。すると、次々と敵が襲いかかってくる。少し怪我をした。
その時、青年は背後に何かを感じた。しかし、それは危険なものではなく、青
年がこの世で最も信頼するものだった。気にせずに、前方の敵を見据える。
「何一人で片づけようとしてんだよ、フリック。」
フリックと呼ばれた青年は口を歪めて笑んだ。味方の軍が、敵を打破している。
「ここにいたのか。探したぜ。」
傭兵隊の砦の、最も高く奥まったテラス。フリックはそこで休んでいた。戦闘の
気配を感じさせない穏やかな顔をしていた。
「ビクトール。何か用か?」
「つれねぇな。用がなきゃ傍いいるのもダメなのか?」
あんまりだぜ、と隣に座ったビクトールを、フリックは何をするでもなくただ黙って
いた。憎まれ口をたたいても、いつもの勢いがない。ただ、空を見ているだけ。ビクト
ールの視線にも気づいていない。
「・・・・・・・・・。」
沈黙が流れた。フリックはどこか満足気な表情で青空を見ているし、ビクトール
はそんなフリックの横顔をじっと見ているだけだった。そんな、永遠とも思える長さ
の心地よい時間。破ったのは、酒場の女主人だった。
「いい加減降りて来ないと、メシなくなるよ!!」
「すまん、今行く。」
副隊長の顔になったフリックはテラスから姿を消した。ビクトールを誘うのを完
全に忘れて。
「・・・・・・・・・おい。」
ほとんどの者が食事を終え、フリックとビクトールには十分な量が来なかった。
不十分なのはビクトールだけだが。
「何か機嫌悪いな、お前。どうしたんだ?」
「別に、何もねぇよ。」
「そうか。」
こういう時、つくづくフリックはニブいと思う。あんなに直球で聞いておきながら
否定すれば追求しない。相手を信頼しているのだろうが、こうも不機嫌ヅラをして
おきながら上機嫌の人間はまずいないと教えなければ。でなければ、不埒な輩
からひっそりとフリックを守っている身としては、苦労のタネでしかない。
苛立たしげにため息をついてもまるで気にしない。レオナやほかの傭兵と雑
談を交わすフリックを少し恨めしげに見やって、静かに席を立った。
−−−一月くらいじゃキモチの変化っつうのはないのか・・・。
「ビクトール、どこ行くんだ?」
「先帰ってる。」
不機嫌に見えるように、少々乱暴にドアを閉めた。バキ、とか変な音がした
から後でレオナにどやされるんだろうな、とのんきに構えながら。
あれほど激しく戦った日でも、穏やかな夜というのは訪れるもの。フリックは
いつもそれが不思議で、ありがたかった。こういう時間がないと、ゆっくり酒を飲
むヒマもない。
「ビクトール、いるか?」
コンコン、と軽くノック。すればすぐに、部屋の主がドアを開ける。ところが、
今夜は違った。
「ビクトール?・・・いないのか。」
「いるぜ。」
声が聞こえたのは後方からだった。振り向くと、自分より少し高い位置にあ
る目が不機嫌そうな光を湛えていた。
「・・・酒持って来たんだが。」
「そうか。」
それきり、ビクトールは部屋に入った。さすがに不審に思い、ドアが閉まる
直前にフリックも入った。
部屋はちらかっていた。そこに、ビクトールが小卓を出し、フリックと向かい
合わせになるよう座った。何も言わずフリックの酒の瓶を開け、直に口をつけ
て呷った。
「・・・何も言わねぇんだな。」
「今から言うさ。・・・俺が戦闘終わった後、お前の横で何考えてたかわかる
か?」
「知らねぇ。」
「また戦えてよかった。そう、思ったよ。」
ビクトールはもう酒を飲んでいなかった。あさっての方を向いた体も、真っ直
ぐフリックに向いていた。
フリックは、笑った。
「・・・一月前、お前に・・・抱かれてから、ずっと不安だったんだ。」
微笑んだまま目を伏せて、フリックはぽつぽつと語り出した。時折、ビクトー
ルの目を見つめながら。
「『危険なめに遭わせたくない』とか言って、戦場に出させてもらえないかと思
って、不安だった。『愛してる』なんて言われても、前みたいに対等に・・・、相棒
として扱ってくれなくなるのが・・・怖かったんだ。」
「でも、そんな心配しなくてよかった。お前は俺を騎兵隊に置いたし、前線の指
揮もさせた。ああ、俺はお前の対等でいられるんだ。そう思ったら嬉しくて・・・。
ないがしろにしてたな、スマン。」
ひとしきり語ると、疲れと照れからむやみに酒を飲もうとするフリックを、口づ
けで止めた。
ビクトールもまた、不安だった。一月前の行為で関係に嫌気がさし、自分を
軽蔑していたのではいか、嫌われたのではないかと。杞憂だったが。
「すまねぇな、フリック。俺一人でガキみてぇに・・・。」
「機嫌、直ったか?」
「・・・バッチリだ。」
ビクトールが小卓を回り込んでフリックの隣に移動し、肩を抱き寄せた。そ
して、視線が交わる。
キスをした。深く、深いキスを。
先日の激しい戦いでの負傷者が治療を受ける中で、一際騒がしい一角があ
った。
「まさかケガしてるなんてよぉ・・・。」
「調子にのってのしかかったりしなければ、あのくらいの傷どうってことなか
ったんだよ!このクマ!!」
患者はフリック。クマと言われたのは当然ビクトール。隊長副隊長コンビ
は周囲を全く無視して痴話ゲンカを繰り広げている。医師のホウアンが止め
るのを振り切ってまでフリックは一方的に攻撃している。
「あの中で怪我がないヤツなんてお前くらいのもんだぞ。いつでも発情しや
がって・・・。」
「のられんのがイヤならお前がのっかればいいんだぜ、フリック。痛いのは
イヤなんだろ?」
「フザケんな!!」
「お二人とも、ここ病室なんですが・・・。」
この二人の下品な言い争いが続いているうちは、本当の危機はまだ先の
こと、ということだろうか。
終
山田の初ビクフリでした。「恋人以上の相棒」が書きたかったハズな
んですが・・・。ただの甘口になりました。ただ、ビクトールとフリックの
会話は書いてて楽しかったです。
私のフリックは口が悪いッスね!
(2001,5,8 山田暁)