フレグランス
たいていの傭兵がそうであるように、ビクトールも酒豪だった。
そこらの酒飲みと自称する者と飲み比べをしてもまず負けるこ
とはない。皆がつぶれたあとも涼しい顔して飲んでいるくらいだ
った。
今日も、ビクトールはレオナが店を閉めるまで飲んでいた。
「どうしたんだい、最近。やけに飲むじゃないか。」
「別に。前と同じだよ。」
じゃあ、と席を立ったビクトールは、最近閉店間際まで飲んで
いた。店を追い払われると、自室に戻って続きを楽しむ。夜が明
けるまで飲むこともあった。
酒は好きだが、睡眠不足になるまで飲んだことはない。
それもこれも全部アイツが悪いんだと、ビクトールは毒づいた。
部屋に戻っても、眠る気はしなかった。逆にどんどん目がさえ
ていって、酒が抜けていった。
空は何の光もなかった。街の灯は全て消え、月も星も分厚い
雲の上で輝いてるようだった。明日は雨が降るかもしれない。
風はなま暖かく、湿っていた。肌に当たるたびに重みを感じさ
せる風に、ビクトールは戦場を思い出した。人の血を浴びたとき
みたいなにおいがした。
今頃、彼は戦場にいるのだろうか。人の血であの剣を汚して
いるのだろうか。まさか、彼自身が血を流してはいないだろうか。
窓から離れて、ビクトールは棚に近づいた。上段をほとんどが
酒で埋められていて、その中から丸みを帯びた瓶を取り出した。
琥珀の液体が誘うように揺れていた。あまり好きな銘柄ではな
いが、栓を明けた。
閉めきった部屋に途端に香りが広がる。上等な酒なので臭く
はない。だが、この少し甘い香りが苦手だった。
「・・・やっぱ、俺にはあわねぇや。」
苦笑しながらきつい酒を一気に飲み干す。甘い香りとは裏腹
に、やけつくような痛みを覚えた。少量ずつ強く上等な酒を飲む
のが、アイツは好きだったな。ビクトールは遠くを思った。
ボトルが半分ほど空いたところで、ビクトールは頭痛を感じた。
こうきつい酒ばかり飲むと、流石のビクトールも不調になる。そ
れを言うと、常識人な彼は「お前でも人並みな所はあるんだな」
と笑う。
この酒を好む、フリック。今はいない。リーダーについてグリン
ヒルに潜入している。子供ばかり引き連れて大変だと思うが、こ
ちらもいろいろ大変だ。
「コレは、俺一人で楽しんじゃ悪いな。」
グラスを置き、栓を閉めた。恋人の好物を独り占めするのはよ
くない。何より、独り酒はおもしろくない。でも、酒をやめるとする
ことがなくなる。こうして、毎日夜明け近くに眠りについた。
翌朝、やけに早くから城内が騒がしかった。職業柄こういうこ
とは気になるので、さっそく騒ぎの中心、広間に行った。
そこにはたくさんの人と、リーダー。グリンヒルから連れてきた
テレーズらしき女と、そのボディーガード。そして、青いマントの。
「フリック!」
気づいたときには呼んでいた。それから足が動き、フリックに
手を出していた。疲労していたフリックはすぐに気づかなかった
が、差し伸べた手を叩き返した。
「よう。」
「早いな。急ぐ用でもあったのか?」
「急がなきゃ捕まってたさ。」
どうやら王国軍の追跡を受けていたらしい。皆一様に疲れ切
っていたが、帰還の安心感から笑顔が見られた。
広間の騒ぎも大分収まり、フリックも自室に戻ることにした。足
早に歩き出したフリックは、すぐ足を止めた。
「おい。」
「何だ?」
「何でついてくる?」
「いいじゃねぇか。再会を喜び合おうぜ。」
「アホぬかせ。」
苦笑したフリックはまた歩き出した。了解と取り、ビクトールも
後をついて行く。フリックの自室に着くと、ビクトールはすぐ戸を
閉めた。
「何で閉めるんだよ。」
笑い声で尋ねられた。向こうも会えたことを喜んでいるのか。
「この方が良くねぇか?」
自然と声が弾んだ。今更ながらこのくらいで舞い上がる自分
が子供じみてしょうがない。
旅装を解いたフリックと目があった。どちらともなく近づいて、
体に触れてみた。今更、若い恋人みたいな仕草に笑い、互い
に抱き合った。
「さっきから言おうと思ってたんだけどな。」
「ん?」
穏やかに言うフリックから、外の森のにおいがした。
「お前、酒臭いぞ。飲んでたのか?」
「ああ。」
昨夜は香りのあるきつい酒を独りで部屋を閉めきって飲んで
いた。その後はシャワーも浴びずに寝てしまい、清潔とはとて
も言えない状態だった。
酒の甘い香りと森のにおい。この二つが混じり、フリックから
薫る。それは何よりも心地よいかおり。
「いい匂いするな。」
「お前は臭いぞ。」
「それは悪いな。」
「悪いって思ってるのか。」
ごく近くで交わされる睦言のような悪口。でも何より安らかな
時。
離したくなかった。こんな酒におぼれる自分は嫌だった。だか
ら、そばにいてほしいと思った。
抱きしめる腕に力を入れて、体を引きつける。フリックは体を
強張らせたが、構わず力を入れた。
「ビクトール・・・。」
かぐわしい吐息を思い切り吸い込んだ。
寒い。久々に上げといてこれはなんだ。この二人(特に
ビクトール)誰だよ。
ただの甘々。乙女ちっくビクトール(キモ)ネタは私の目
の前でお互いの香水のにおいを嗅ぎ合った男子生徒か
ら。(死)
(2001,6,1 山田暁)