
こちらのお宅は、白神山地のふもと、秋田県藤里町の山間部にあります。
庭となる敷地は、柿の木が1本あるだけの石混ざりの土地で、スコップも刺さらないほど硬く、庭の隅には解体した物置小屋の土台だった古い基礎石と、新しい小屋の基礎打ちの時に出てきた玉石が山のように積み上げられていました。
ご依頼は「この石を使って庭を作って欲しい。」というものでしたが、小屋の解体の時に仮植したというツツジと、家の周りには苔やギボウシなどもありましたので、そんな既存の材料を利用して庭づくりを行うことになりました。この庭のシンボルは、庭の中央にある柿の木と背後にある大きな栗の木です。
これまで果樹を庭の主木として取り入れたことはありませんでしたが、柿や栗にはなんともいえない田舎の雰囲気や日本的な懐かしい落ち着きを感じます。日本庭園の伝統技術は用いますが、和風でも洋風でもない土着の庭、日本的な庭を作りたいなあと、この柿や栗、背後にそびえる白神山地を見て、そんな思いを持ちました。
この庭は居間に隣接していますが、居間からは立って見なければ庭の様子は見えず、家から座って眺めるという庭にはなりません。そんなことからも、この柿の木の下に腰掛けて栗の木や山を眺めてもらい、ご家族やご近所の方と憩える「縁側」のような庭をイメージしました。
玄関へ向かう砕石敷きの通路から庭を見たところです。
庭の中央に柿の木、遠景に栗、右手後方には隣家の杉が見えますが、白神山地は、この栗の後ろに広がっています。
四角い基礎石を利用した飛石が、同じ基礎石と川石を敷きつめた円形のテラスへと導きます。柿の木の下には四角い石臼の手水鉢を据え、その回りに川石と基礎石を組み合わせた石のベンチを設けました。石のベンチは、年齢や体格で座る場所を選べるように、高さや形を変えてあります。
手前にはヤマボウシを植えましたが、やがてテラスの方へと枝を伸ばし、夏の緑陰の役を果たしてくれるでしょう。ヤマボウシはヤマガと呼ばれ、白神山地でもその姿を見ることが出来ます。
ヤマボウシの下には、縦長の三本の石を組み合わせて、道しるべのような雰囲気を持たせました。後で気付いたのですが、漢字の「山」という字に似ているような気がしています。
ヤマボウシは白神山地とこの庭を繋ぐ意味で植えたものですが、偶然、石の「山」も庭に出来てしまいました。
庭の雰囲気に合わせ、昔の石臼を手水鉢にしました。家の玄関で傘立てになっていた水瓶がありましたので、豊富な玉石を使って水琴窟を作ることにしました。私自身もまだ一度しか作ったことがありませんでしたが、機会があれば忘れないうちにもう一度作ってみたいと思っていましたので、ちょうど良い勉強になりました。
手水鉢の前には、既存の小さな水掘れの水鉢を置き、この水穴に柄杓で水を入れ、いっぱいになると水琴窟に流れ落ちていく、そんな寸法です。柄杓は、竹や杉の蹲踞柄杓ではなく、生活感を出したくて、こちらのうちにあった普通の柄杓を置きました。
水の供給は、筧式だと水琴窟の音が消されてしまいますので、自噴式にして底から湧かせています。この水鉢は多少水漏れがありましたのでモルタルで底上げしましたが、水穴が浅くなったことで掃除もしやすくなります。底は、空が映っているように見えたら面白いと思い、青色に塗ってみました。
石臼の手水鉢は縁が広いので、湯呑や缶ジュースなども置け、夏はスイカやトマトも冷やせるでしょう。板を乗せればテーブルにもなりますので、食事も出来るようになります。
石臼回りは川石で畳みましたが、丸みのある分合わせていくのが難しく苦労しました。石の厚みと丸みを生かすために目地は深めにしてあります。海の部分には奥様が寄せられていた黒い川石を敷き詰めました。水琴窟のカメの穴の部分には穴の開いた石をかぶせてありますので、そこから音が聞こえてくるようになっています。
居間の出窓から見た庭です。
立ち上がらなければ庭の姿は見えませんが、小雨の朝など、しっとりと濡れた庭に時々小さな水琴窟の音が聞こえます。ここから見ると、テラスとベンチの形が良くわかります。窓を開けた時の庭の景色もなかなかでした。
「苔のいす」です。残った残土をどうしようかと無造作に土盛りされた小山を眺めているうちに思いつきました。三日月型の土塁の形が出来たところで、今度はここにもベンチを作ってみたくなりました。苔を張り、砂利を敷き終えると、月の形がはっきりと浮き出てきました。このいすにはカップルが似合いそうな気がするのですが。
上から見たところです。苔の地模様や砂利とのコントラスト、石張りや石積のラインなど庭の平面構成がよくわかります。
この庭のテーマは「子供からお年寄りまで楽しめる庭」です。
そんな目的が果たせるかどうかを確認するために、自分の妻子がこの庭をどう使うかを試してみました。
4歳の長女は、苔の土塁をかけ登り、一目散に栗の実を拾いに行きました。1歳の次女は、水鉢に置いてあった柄杓でひたすら水遊び。それを見守る母親。 栗を抱えて戻ってきた長女は、柄杓を手に持って小さい水鉢に水を掛け、水琴窟の音を耳をそばだてて聞きました。やがて、お気に入りのいすを見つけて座り、空を見上げては水鉢の青い色と比べていました。冒頭の写真はその時のものです。見て聞いて触って、庭の中にいろんな遊びが隠されていますので子供の興味は尽きません。
子供が楽しめる庭は大人でも楽しめると思います。
作業風景
あとがき
この庭は昨秋に設計、今春着工の予定でしたが、大変申しわけないことにこちらの都合で半年待って頂くことになりました。
当初の設計では、基礎石は雨落の縁石として使用し、降り蹲踞風に組んだ筧式の杯型水鉢をバードバスとして、通路と庭、家と裏庭を飛石で繋ぐという構成でしたが、何度か現場に足を運び、前方にそびえる白神山地と辺りに広がる田園、庭の柿の木や栗の木を見ているうちに「本当にこの庭はここにふさわしい庭なのか。」という疑問が湧きあがってきました。
下見で訪れた時、遊びに来た近所の子供たちに栗の実の取り方を教えていたこちらの奥様の姿も思い浮かべられて、「ここには奇麗な庭より田舎臭い庭の方が合っているのではないか。眺める庭より子供からお年寄りまで楽しめる庭、家族だけでなくご近所の人も憩える『縁側』のような庭にしたい。」という思いが日々強まり、そんな思いをこちらの奥様にお話し、了解頂いていた設計を変更させてもらいました。
完成後、石のベンチに腰掛け、ご近所の方やお友達と談笑されたり、水琴窟の音を楽しまれたりしているご様子を拝見して、「変更して本当に良かったな。」と胸をなでおろしています。
作り手と施主、お互いが心から満足し、「喜び」や「歓び」を共有できる庭はそうあるものではありません。
これまでの自分にない新しい試みを実験し、次から次へと出てくる石ととことん付き合い、弟子達ともども頭も身体もクタクタになりましたが、苦しんだ分だけ「喜び」や「歓び」を感じることが出来ました。
この「よろこび」こそが、職人としての真骨頂、庭師として生きる醍醐味なのではないかと思います。
直前の大幅な変更はとても勇気のいることでしたが、1年間待っていただいた上に、庭師の勝手なお願いを聞いていただき全て任せ頂いた奥様に心から感謝申し上げます。
この庭が、いつまでもご家族やご近所の方との憩いの場であることをお祈りしています。
2005・10月 作庭地 秋田県藤里町
(こちらの庭づくりの様子は「かけだし親方の植木屋日記(8月28日〜10月8日)の中でも触れています。)