鰄渕番楽のページ

民俗芸能鰄渕番楽のページ

 鰄渕番楽(かいらげぶちばんがく)は、秋田県能代市鰄渕に古くから伝わる民俗芸能です。


index  鰄渕番楽の由来演目囃子歌詞結び

由来
 鰄渕番楽は、羽後の国の諸処に行われている番楽の中、北秋田郡阿仁町根子の番楽と共に、北部に現存する古風な舞楽の一つである。
 伝説によれば、壇ノ浦の戦後、平家の一族家臣諸方に離散し、信州飯田に落着せし一団、一つは越後の三面(みおもて)に、一つは下野(しもつけ)の日光、一つは羽後の国鰄渕と阿仁町根子に分かれた遺臣によって伝えられたものと言われている。
 この番楽の特長は、その歌詞が文学的に優れた内容を持っていることと、舞の形式が極めて活動的で、能楽とは全く対照的なものであり、神楽は大方女舞なのに比し、番楽はすべて男舞である。

演目
 舞は「つゆはらい」から始まり、「恵比須」を以ておわる。
 種目は表十二番、裏八番と聞き及んでいるが、現在次の表十二番に限られ、裏八番はいつとなしに廃れている。
 一、露払い 
 二、武士舞
 三、鳥舞
 四、千歳
 五、翁舞
 六、三番叟
 七、女形若子
 八、信太の太郎
 九、鈴木三郎
 十、恵比須
 十一、高立
 十二、曽我

囃子
 囃子は、太鼓一名、横七ッ笛数名、打棒(舞台を叩く)数名、銅拍子三名、計十二名の編成で、太鼓は見物人を背にして正面前方に座し、舞人と問答する。 この形式は、当番楽の特色である。
 舞台を叩く動作は、陣中で盾を前にした姿勢で武士達が踊りにつり込まれて打ち興じたさまの名残ともいわれ、 その囃子は単調で古典的であるが、そのリズムは現代のジャズやレビュウのような激しいテンポをもち、激動的な特長がある。
 随って舞も朴とつで、その形式は能楽の先駆をなす幸若舞以前のものともいわれている。

 舞は勇壮活溌で、観衆をして手に汗する場面が多く、ことに鈴木三郎は、その最たるもので、敵前で相手を睨む姿は、武士の面目躍如たるものあり、三番叟は身長低く色黒く、観衆の笑いを誘う。 この舞は、舒明天皇の御代、屋方様のご祈祷とて、黄金の鈴を結び上げての勇壮な舞である。
 最後は七福神恵比須さまの海岸における鯛釣りの情景を面白おかしく表現し、観衆の拍手を浴びて終わる。

歌詞
 歌詞は日本最古の歌謡調である。
 一、幕 出 歌 舞人の出る前にうたう
 二、中   歌 舞っている途中囃子が中止されたときうたう
 三、女形若子歌 若子がこの歌の調子に合わせて舞う
 四、西 間 節 鳥舞人がこの歌の調子に合わせて舞う
 鳥舞、翁舞、三番叟、恵比須、千歳舞の歌詞は、村里や家庭の平和と安寧を祝福し、豊作を祈念し、合わせて里人の長寿万歳を希う内容を盛り込んだもので、 百世百代と謡い上げた目出たい舞で、東北の神楽系統の芸能ともいわれる。

結び
 尚、当番楽は平坦地の当地と山間部の根子に別れともいわれ、これを伝承した先輩諸子の熱情と苦労に深い敬意を捧げるものである。

(昭和23年8月・秋田県能代市鰄渕番楽保存会)

1999年お盆の公開