青 龍 解 放

まどろみの中で彼が見る夢は、いつも遠い過去の情景だった。
最初の出会い・・まだ運命も何も知らなかった頃の、自分とあの子の姿だった。
乱れた世に全てを奪われ、立ち尽くしていた小さな子供に彼は手を差し伸べた。

「来なさい・・・」

たった一言。
天涯孤独の身の上を仏門に捧げ長い時を生きた彼には、少年の悲しみが痛いほどに分かった。
それは一人でいる限り癒される事のない、喪失の痛みだ。
突然の肉親の死・・・同じように続くと思っていた未来が理不尽に打ち砕かれた日・・・。
もう老境に達していた彼にさえ、それは拭い去る事の出来ない重い記憶となっていた。
・・・・・いや・・・。
分かったつもりでいた・・。

彼の記憶の中で、少年は齢を重ねる。
記憶の中に少年の無数の顔が見えた。
笑顔、泣き顔、怒った顔・・・近くの村の少女に恋心を抱いて、悩んでいた事もあった。
結局は恋に破れて、落ち込んでいた後姿も・・・。
たくさんの顔、たくさんの声・・・数え切れない記憶は彼にとって何にも替え難い宝だった。
自分があの少年を救ったのではなく、あの子が自分を孤独から救ってくれていたのだと・・・
記憶を辿る度に胸が痛くなる。熱く・・・苦しいくらいに・・・

遠い記憶は少年が最初に名乗った名前の如く耀き、故にその遠さを彼に実感させた。

少年には、風水の才と邪気を鎮める能力が生まれながらにしてあった。
知り合いの風水師のつてで少年を修行に出し、彼と養い子は一時的に離れる事となった。
だが、それは距離だけの問題だった。
少年は彼への文を欠かさず、彼もまたそれに文を返し続けた。
文は少年の近況と成長を仔細に伝え、彼は自分の養い子が立派になっていく姿を
寂しさにも似た誇らしい思いを感じつつ、幾度も文を読み返すのだった。
少年の書く文は、いつも、こうくくっていた。
・・・・早く立派になって彼の元に帰りたい。役に立ちたい・・・と。

・・・・・・・・・そして・・・・

幾重にも時を重ねた、あの日・・・少年と彼は再会を果たした。
少年は青年となって・・・清の国を守る神獣の見立てを行う大役を担った風水師として。
そして、彼は青龍の見立てを受ける宿命を持つ者として・・・・・・・・。

「何故ですか!? 何故・・清国の為に尽くして来た貴方が・・・
この様な儀式の生贄にならねばならないのですか!?」

幼い頃のように取り乱し涙を浮かべる我が子に彼は、それが自分の宿命だったのだと答えた。

「出来ない・・・・・・!!」

そう叫ぶ我が子を、彼は生まれて初めて突き放した。
何度も清国の為だ、と繰り返した。
そして・・・・・はっきりとした断絶を告げた。
それがあの子の為なのだと、彼はあの時は思っていた。
心を乱す事なく儀式に向かえる様に・・・・そう思っていたのだ。
けれども・・最後の別れ際にあの子が呟いた言葉が、彼の胸に漣を起こした。

「私は・・認めない・・。こんな形で一人の人間の全てを犠牲にして成り立つ平和も
・・存続を求める王朝も・・・
そんなものが摂理なら・・・・絶対に・・・・・・」

    そして、あの日

儀式は潰えた。
彼は今の姿となり、青龍の龍脈は断たれた。
あの子の悲しみと怒りは、見立てを拒む『邪気』と呼ばれ・・・・
・・・・・そして・・・・・

彼の最愛の存在は『罪人』として、その命を断たれたのだった。

今にして、彼は思う。
あの時・・言うべき言葉は『清朝の為』などという言葉ではなかった。
あの時やるべき事は、あの子を突き放す事ではなかった。
心の底から思っていた言葉を告げていれば良かった。
突き放すのではなく、昔の様に抱き締めれば良かった。
こうする事で、お前の未来を守りたいのだと・・・・。
姿を失っても、『摂理』という形で常にそばにいると・・・・・。
そして・・・

お前と出会えて幸福だったと・・・・・。

だが・・時を重ねる事の無くなった今となって、その事を悟ったとて何になろう・・・。

今・・彼の目の前に、あの時の我が子と同じ宿命を背負った青年が立っている。
近しい者達をその手にかけた悲しみを、何一つ守れなかった悔恨を深く刻み付けた青年・・・・・・
・・・・・・・陰界に風水を見立てる役目を背負った風水師・・・・・・・・。

彼は、風水師に向かって叫ぶ。
己を見立てよ、と。
そうすれば、この陰界に風水が起こるのだ。

・・・・・・・そして・・・・

彼は我が子をやっと連れて行ける・・・・。
あの時の悲しみを、後悔を癒す事が出来る・・・・・。
もはや、人としての意識さえ失ってしまった我が子を・・・・・・・・
己の内に封じた怨念・・・・・

妖帝・・・・・・・

・・・・・・・そう呼ばれるようになってしまった、最愛の家族を・・・・・・・





風間翔さん作。
青龍の僧侶と幼い少年の出会い……それは後の悲劇を生むことになりました。
だけど二人は、二人で居たときは幸せだったと信じています。
ゲームでは、ただ力の欲の為に「妖帝」となった風水師、という気がしていましたが、
風間さんの彼はとても人間くさくて好感が持てます。(←ちょっと表現が奇妙ですが(笑))。

こういうサイドストーリーは、あくまでも「ゲームのパロディ」という枠なのですが、
それでも、というかそれだからこそゲームの人物や出来事が、より一層身近に感じられる気がします。
(初出:妄想遊戯出版社)


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