仮面




 自分の生まれた日を、彼女は覚えていない。
 ただ、気が付くとそこにいた。
 一緒にいたのは四人・・自分も含めていずれも子供ばかり、そして自分達四人の周りを囲んでいたのは、大人ばかりだった。

『成功だ!』
『因子の作出に成功したぞ!』
『しかも双子だ・・これは予想以上だぞ』


 自分達を見下ろし、どこか狂熱的な口調で言う彼等に彼女は恐怖心を感じ、後ろに後退った。
 と・・どんと自分の背中に何かが当たるのを感じた。
 彼女は驚き、離れようとした。だが、背中に当たった何かの方は離れるどころか、ますますぴったりとくっついて来た。自分のものでない熱と微かな振動が背中に伝わる。
 振り返ると、泣き出しそうな顔をした男の子がいた。
 綺麗な黒髪と優しげな面立ちをした、その子は大きな目で彼女を見返し、そして消え入りそうな声で、こう言った。

「・・・・お姉ちゃん・・・」

 自分の知らない、その呼びかけに何かが動いた。
 同時に不安も恐怖も不思議なくらいに消え去って行く。
 彼女は、その子を安心させる為に微笑み返し、強く手を握って・・・・そして言った。

「大丈夫・・・・お姉ちゃんがついてるからね」

 返事の代わりに、ぎゅっと強く握り返す力が、彼女の手に伝わる。
 鏡が、或るいはそれに代わるものがこの場にあったなら、彼女は自分とその子が、そっくりな顔をしている事に気が付いただろう。
 その時の彼女は気が付かなかった。自分と、その子が双子である、という事を。
 だが、そのような事は関係なく、・・彼女はその日から『姉』となり、その子は護るべき『弟』となった。
 血の繋がりではなく、外見の相似でもなく、互いに差し出した、その手から・・・・・。



 双子は、彼女と弟の他に、もう一組いた。
 こちらは自分たちより更に瓜二つな顔をした兄弟だった。
 最初の頃、彼女にはこの二人の見分けが付かなかった。
 だが、彼らと話していく内に徐々に見分けが付くようになっていった。
 兄の方はどちらかというと無口で、己の考えをあまり口にする事はない。
 だが、話を聞く事が上手で、それが彼女と同世代でありながら、彼にずっと年長者であるかのような落ち着きを与えていた。
 弟は逆にお喋りで、時折『口から先に生まれたのでは』と彼女に思わせる程。
 だが、決して一方的に話すのではなく、きちんとこちらの言葉に反応を返しての『会話』をしてくれる。
 だから・・・彼女はこの兄弟の事が好きだった。
 彼女の弟もまた、それは同じだった。
 ただ、彼女が弟の方とお喋りをする事を好むのと反対に、彼は寡黙な兄の傍にいる事をより好んでいるようではあったが。
 無機質な瞳の大人達に囲まれて奇妙な訓練と実験を繰り返す毎日の中で、彼女にとって弟や二人の親友とだけに囲まれる時間は、唯一人間らしい温もりを得られる時間だった。
 『親』という概念は彼女にはなかった。
 だから、自分の弟と双子の親友、それが彼女の『家族』だった。
 四人はお互いに名付け合った秘密の名を呼び合う。
 それを呼ぶ事と己達以外の者から隠す事・・・それが四人の絆だった。
 そうして彼女達は互い以外の絆を持たず、多くの時を重ねていった。
 そのまま、四人の絆を保ったまま、時間は過ぎる・・・・彼女はそう信じていた。
 だが・・・・



『成功だ!』

再び、その言葉が建物の中に響き渡った。
『不老不死』を作り出す事・・・・それが『成功』したのだという歓喜の声。
その頃には自分達が『実験体』として生まれたのだと知っていた。
だが・・・
その声とともに、初めて思い知らされた。
自分達四人が『実験体でしかなかった』という事を・・・・・。



血を吐くほどに叫んだ。
この叫びが届くならば、この次の瞬間にどんな地獄に落ちても構わない。
それほどまでに叫んでいた。
彼女の弟が彼等に連れ去られていく。
小柄な少年の背中が白衣の壁の向こうに消えていく。
『やめて!!! 返して・・・・・連れていかないで!!!!!』
押さえる腕を振り解き、もがき暴れて何度も叫んだ。
弟の名前を・・・・自分たち四人だけで呼び合った秘密の名を。
チクン・・・・
微かな痛みが走る。強引に闇に侵食される。
そして、彼女の叫びはどこにも届かなくなる。










闇は彼女の全てを持ち去って行った。



いや、彼女達四人の中にあったもの全てを持ち去り、
闇は代わりのように『力』を置いて去って行った。


彼女は弟を失った。

弟は姉の記憶を失い、顔の半分もまた、失った。
残った半分は、あの小柄な少年の面影を残した美しい面立ちのまま、彼女の弟は見知らぬ男となった。


親友の二人も失った。

一人は、若さを失った。自分と同じ年だった少年は見る影もない老人となった。
彼は弟の記憶を失い、二人は全くの他人となった。


もう一人は己の性を失った。

男でも女でもなく、命を繋ぐ事もない。中途半端に高い声と奇妙な顔。
彼は目の前の老人を兄と知らず、そして知ったとしても信じなかった。

そして、彼女は彼等三人を失った。

三人の仲で彼女の記憶を持つ者は一人もいなかった。
あの実験で大人の肉体に成長した彼女は、けれど、それ以外の何一つの変化のないまま、
失った三人を目の前にしていた。


そして・・・彼女達四人が共通して失ったものがあった。

『時間』と『死』

その全ての代償に、闇は力を置いていった。
呼び合い、増幅し、全てを破壊できる力を。







 そして彼女が一番最初にその力を向けたのは、彼女の全てを奪った者だった。
 この組織の幹部と、彼女の弟と親友を切り刻んだ大人達を・・・・・・
 彼女達四人は、殺した幹部に成り代わり、彼等がした事と同じ事を、いつしか行なうようになっていた。
 人工的に双子を生み出し、実験を繰り返す。
 ただ一つ違っていたのは、それが自分達に『死』を齎す手段を探す行為だったという事だった。
 実験の指揮は彼女が取っていた。
 その中で、何度も双子を引き裂いた。
 あの時の自分と同じように、泣き叫ぶだけで何も出来ない無力な子供達を何度も見た。
 死を求める為に、自分が殺した者と同じ場所まで落ちた自分を彼女は嘲笑い、そしてその笑み以外を忘れた時、彼女は仮面を付けるようになった。
 無表情に全てを見下ろす石の仮面を、彼女は己の顔とするようになっていた。








そして出会った。


あの『憎悪』に。



燃えるように世界を憎み、全ての破壊だけを望む憎悪・・・・

泣き叫び、己と他者の全てを傷付け、血を吐くほどに何かを求めながら、

その『何か』を忘れてしまった怨念。


「お前ならば・・・・・私達を殺せるかも知れないな?」


 仮面の下で問う彼女に、それは冷笑するだけだった。


「力が欲しいならばくれてやろう・・・・・この世界の全てを破壊するがいい・・・眠れる龍・・」


 そして、自分達に永遠を与えるがいい・・・・『死』という名の、不滅を・・・

 時間を失い生きながら殺された自分たちに、


『死』という名の不老不死を・・・・








彼女は再び、双子達を生み出す。
他者に呼びかけ、双子を生み出させる。
『眠れる龍が不老不死の奇跡を起こす』
そう触れ回り、人を集める。
その意に背き、邪魔をする者たちは彼女たちの放った刺客に消されていった。
年を経た蛇の身体はどこまでも長く横たわり、死してなお閉ざされる事のない瞳は、何一つ見逃す事はない。その牙が狙った者の命を必ず奪う。



その牙の一人が今日もまた、報告に訪れる。

「・・・・・是空の『目』は、上手くチェンが始末してくれましたよ・・・」
「・・・・チェンか・・・ならば、お前を呼ぶ必要はなかったという訳だな」

仮面を付けぬ彼女に動じる事なく、その牙は、肩を竦めた。

「・・・僕よりも、あの人の方が手際がいいんですよ。ああいう事にはね」

大きな菅笠の下に隠れて顔は見えない。ただ、大きな片眼鏡だけを奇妙に光らせて彼は言い・・・そして続けた。

「そうそう・・・・また風水師が来ましたよ? 随分若かった・・・僕とあまり年は変わらないみたいでしたけどね」

楽しげな口調で報告し、そして続ける。

「紅頭の坊やたちがわざわざ接触に行く所を見ると・・随分、強い力を持ってるみたいですけどね・・・・彼・・。・・・・ご命令があれば」
「風水師ごとき・・あの出来損ないどもに見込まれたところで、何が出来る」

牙の言葉を遮り、彼女は会話を打ち切る。

「・・・・・判りました。では、僕は今まで通り監視と報告だけにさせて貰いますよ。契約通りにね」

その冷笑と共に牙が立ち去った。


あの男は、契約以上の事はしない。興味も持たない。
だから、仮面のない彼女を見ても何も言わず、動揺すらしない。
彼女は一つ息をつくと、目の前の鏡を見やった。
長い黒髪に縁取られた若い女の顔が、無言で鏡の中から見返してくる。
その黒髪を片手で後ろに纏め、赤い衣の頭巾の内に纏める。
その動作を映しながら鏡は彼女を見つめ返す。
あの時、最後に見た『弟』とよく似た面差しで、鏡は彼女の全てを見返す。
閉ざした扉の向こうに誰かが立つ気配がした。

「仙師様・・・・・霊師様より報告です。望師・・いえ、張魯の動きが掴めたと」

固く強張った声で、双子師が外から報告をする。

「・・・判った、老師、巫師にも声をかけておけ。それと、婆童には呼び出しを・・いよいよ駒を使う時が来た、とな」
「承知・・・・・」

その声と共に、気配が遠ざかる。
彼女は一つ息をつくと、仮面を持ち上げた。

「・・・・・・我等に・・・・不老不死の奇跡を・・・・か」

呟く声を仮面に吐き出し、そして、それを顔に当てる。
ひんやりとした石の仮面は、すでに身体の一部となった重みと共にコトリと音を立てて彼女に貼り付く。
冷笑にも似た、その音を聞き、彼女は扉を開く。
叶う事のない『闇』を、この地に呼び起こす為・・・・・
そして、失ったものを取り戻す為に・・・・














★風間翔さんからの投稿です♪ 四天王の物語。
四天王の彼らもまたある種の「犠牲者」だったのかもしれませんね。
「四天王モノなんて誰も書く人いないよー!」とおっしゃってましたけど、
いえいえどうして、良いものを読ませていただきました♪

(陰界商店街から特別ゲストが登場してますが(笑)、
その正体を知らずともちゃんと読めるおはなしでしたので、掲載させていただきます★)

HP作りに邁進する風間さんに励ましのメールを!(笑)


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