あなたは、とても知りたがりね。
そう言って彼女は笑う。
知りたがりで、語りたがり、それに見たがりで聞きたがり……
なんて困った人なんでしょ。
淡く塗られた口紅を気にして、更に深みのある赤を重ねて、
ようやく鏡に映った彼女は頷いた。
「名前をあげるわ、困ったさん。あなたは名前を教えてくれないから、別にいいでしょう?」
彼女は私を「困ったさん」とか「あなた」と呼ぶ。
それがまた嬉しくもあったが、なんと私に名前をくれると!?
いいだろう、君が私にくれるのならば、
それがどんなモノであろうと、私の「名前」になる。
高く結い上げた髪に、何本もの簪を挿しながら、彼女が笑う。
少し悪戯めいた、それでいて、なんと蠱惑的なことか!
塗られたばかりの艶やかな赤い唇が、ゆっくりと開くのを待つ。
待つのは嫌いではないし、
なによりも、彼女は舞台に立つ者だから
準備をしながら、私と会話する、というのは
難儀らしいのだ。
彼女が着替えたり化粧したりしてるのを、私は黙って見ている。
華やかな色の衣装を何枚も重ねて、果たして動けるかどうかと不安になるのだが、
舞台の上の彼女はいつだって微笑み、
見事な舞いを披露してくれる。
誰もが、君を愛するだろう。
しかし、忘れてはならないことがある。
君を、誰よりも愛してるのは、この私、だということを。
「あなたはね、知りたがりの、ガタリよ。
なんでも欲しがって、いつかパンクしてしまうわよ?」
彼女は笑う。
私も笑う。
パンクするとは面白いことを言うものだ。
君、と言う存在が私の手に余ったら、
その時こそ、私は跡形もなく破れてしまうだろう。
それほどに、愛しいと思っているんだよ?
それに君は気付いているかどうか、
決して本心を明かさない君と私は、お似合いだと思わないかい?
アニタ。
私の、サロメ。
君がそう言うならば、この瞬間から、私はガタリと名乗ろうではないか。
君は怒るかも知れないが、私が君に近づいたのは「蛇老講」の差し金だった。
なぜなら、アニタ。
君の兄は「白虎」に見立てられる宿命にある人間だったからだ。
我らスネークから逃げおおせ、挙げ句に行方不明になる人物であろうと、肉親には必ず会いにくる、そう判断した。
そして、君を見張る役に選ばれた。
正直な気持ち、何故? と私は思った。
私は、誇り高き「双子師」だ。
それなのに、何故、私が踊り子如きを見張らなくてはならないのだ? と。
アニタという踊り子が素晴らしい、という噂は、もちろんフロントまで届いてはいたのだが、
果たして、私が行くほどの価値があるのか?
いや、仕事は仕事。
私は君を見張るのではなく、君の片割れが姿を現すのを待っている、というのが正しいのだろう。
だが、愛しい君よ。
既に私の心は君に注がれ、当初の目的など、私に関係ない。
君の側にいるだけで、私は幸せだと感じることが出来る。
幸福!!
なんと甘美な響きだろう。
私にとって、君は犯してはならない「聖域」なのだ。
口づけを交わす、その滑らかな肌に触れる……そんな行為は、私に許されるはずがない。
君に従うべき忠実なる僕。
それが私なのだ。
だから、アニタ。
私を信じてくれないだろうか。
君が悲しむようなことは、一切しない。
君が望まないことは、私も望まない。
………そうそう、この間、例の超級風水師に手紙を出したよ。
愚かなあの男は、私が誰か気付いていないらしい。
そうして、アニタ。
君は、あの男に羅盤を渡してしまったね?
いいや、責めているわけではない。
私に責められるはずがないだろう?
君は君の思いのままに動くといい。
……ただ、そうすれば、君の兄は出てくるだろうね……。
気付いているかい?
君の兄が、あの超級風水師が動けば動くほど、私たちは一緒にいられないんだ。
神獣が「見立て」られると、君はどうなるんだろう?
ああ、アニタ。
君の兄がどうなっても私は構わない。
だけれども、君を失いたくないのだ。
分かるかい?
それほどまでに、私は君に囚われて……そうして、君は私に囚われているはず。
だから、いいかい?
君が取るべき道は、ただ一つ。
ヘビ商人に扮して、フロントに来るといい。
ヘビは蛇老講に通じる。
だから、比較的怪しまれることなく、通行を許されるだろう。
そうして、私がホテルを用意しておいたから、そこへ来るんだ。
大丈夫。
君が心配する必要など、これっぽっちもないのだから、安心するといい。
私は、君を失いたくない。
例え、組織を失うことになっても、白虎が見立てられようとも、君さえいれば、私は幸せなのだよ。
ほうら、聞こえるかい?
遠くから、君と同じ顔を持つ男が、君の名前を呼んでいるのが。
もう、なにも聞こえない?
そうだね、君はもう私以外のことなど、どうでもよくなっているのだから。
愚かな男と笑いたければ笑うがいい。
私には、世界が滅びるのも、組織が不老不死を掴むのも、関係ないのだ。
さあ、踊ってくれないか?
君は、誰よりも美しい。
……私の、サロメ。
・END・
■理々子さんより
「クーロンズゲート」をプレイし終わってから、ずぅっとアニタがどこに行ったのか?
そればかり考えていました。
そして、謎のメイルを送り続けるガタリ、という存在。
二つを結ぶことはできるかな? もしかしたら、ラブラブなのかもしれないな。
そんな風に思ったら、書きたくて書きたくて仕方がないほどに、この二人が
魅力的に思えました。
本当はもう少し、ねちっこく、ガタリが執着するのを書きたかったのですが、
文章力が理想に追いつきませんでした(涙)。
ガタリは一体誰なのか? ある程度のヒントがゲーム中に出てきていたし、
この「双子師=ガタリ」という公式を好まない方もいらっしゃるかもしれませんが、
それはご勘弁下さい。
■華天より
これを読んだとき、ガタリの正体や その解釈よりもなによりも、
あまりのラブラブさ加減に しばらく呆然とした私(笑)。
そりゃあ確かにアニタの行方は 気になってましたけど、こうきたかーー!!とね。
いやあ、ラブラブっす……。
「双子師=ガタリ」の公式を云々の件については、KGは超級風水師(=プレイヤー)の数だけ
解釈があるので、そう心配しなくてもいいと思います。
(っていうか、どの物語に関しても「自分はこうだからこの話はダメ!」っていう人はここに来なくて良いです)
※初出:仕立屋本舗※
(仕立屋本舗閉鎖後、理々子さんの好意によりこちらに転載させていただきました。)