虚ろなる鳥籠。妄人


ふと部屋の空気が変わり、小鳥が慌ただしく羽ばたいた。
「まだこんな所にいるのかい」
 女のねっとりとした声。全身の毛穴から冷たい汗が吹き出る。背後の人物は、振り返らずとも分かってしまう。
「お前もどうしようもない女だね、コニー楊。一体何を待っている? ここにいたって何も始まらない。お前自身が一番よく知っているじゃないか」
 後ろを見る、ただそれだけのことなのに、私は全身の力を振り絞らなければならなかった。振り返る、と、目の前に女の顔があった。目を反らすことだけは必死で押さえたが、白粉の匂いが息苦しかった。
「ここは私の家。居て何が悪いの? あなたこそ何故ここにいるの、馬妃!?」
 途端に女は爆竹のように笑い出した。
「これは傑作だ! 私が何も知らないと? お前が何を考えているか、この私が知らないとでも思っていたのかい? ああ可笑しい、何て可笑しいんだろう!?
 …………陽界から風水師が来ているよ」
 ピタリと笑いを収め、女は告げた。
 陽界、その言葉に私の胸の奥がちりりと熱くなる。
 風水が整い難く、ぐらぐらと安定しないこの世界は、ごくまれに陽界と重なることがある。数年前、私も巻き込まれた事があった……それはほんのわずか、一呼吸の間だけの「重なり」だったが。
「お前はあのことを考えているんだろう?」
 胸の熱が次第に広がる。違う。私は何も……。
「考えてるんだろう、最初に向こうと重なった時、ちらりと見えたあのことを?」
 耳をふさぎ眼をつむる。なのに入り込んでくる女の声……これは鳴力? いえ種類などいい、誰か止めて!
「向こうには女が見えた……ずいぶん不細工な女だったねぇ。だがお前はその女に釘付けになった」
 次々と起こされる封じ込めた記憶。こじ開けられる、私の汚点。
「いいや女にじゃない……」
 女の口元に嬉しそうな笑みが浮かぶ。

「アレ、さ」
 
 私の、汚点。

「おやおや、恥じ入ることは無いよ。欲望は誰にでもあるものさ。ただそれが強いかどうかが問題なだけ。お前はこう思ったのさ……私の方が似合う、とね」
「一瞬だけだわ! ほんの一瞬よ!」
「そうムキにならないでもいいさ。ああ、でも似合うだろうねぇ。アレはお前にきっとよく似合うよ」
 にやりと笑った女は、ゆらゆらと手を差し伸べた。冷たく白いかさついた指先が喉にからみつく。締められているわけではないのに、息ができない。

 記憶が、意識が点滅を始めた。

「お前はアレを見た」
     そう私は見た……でも一瞬だわ。
「だが一瞬にして気に入った」
     ええ、とても素敵だった……でも諦めた。
「だが諦めきれなかった。お前は憧れていたからね、向こうに」
     ええ、憧れていたのよ、本当は。
「だからこんな所にいつまでもいる。ここはフロントで一番向こうに近いから」
     ええ、私は向こうをもう一度見たいの。
「本当に見たいのはアレだろう?」
     ええ、アレが見たいの。
「見るだけかい? 欲しくはないのか?」
     ええ、……いえ欲しくないわ。
「我慢することはない。思うだけならタダ。思いは無限さ」
     ……………………。
「欲しいんだろう、アレが」
     …………………………ええ。
「欲しくてたまらないんだろう?」
     ええ、欲しくてたまらないの。
「教えておくれ、アレはどんな形だった?」
     小振だけどとても上品で滑らかな赤いびろうどでできていて
     こまかい幾何もようのはいった金色のちいさなとめ金がついているの
「何て綺麗だ。もっと詳しく教えておくれ」
     もちては黒いかわでできていてしっとりとしてよくてになじむの
     とてもあかくてかるくてちいさいけれどきれいでじょうぶないいものなの
「そいつは素敵だ。それは一体何なんだい?」
     そ



華天作。
コニー楊。理々子さんも泣いた(笑)という衝撃的な彼女の姿……。
彼女ほどの人が妄人になるには、よほど媽妃の手腕が巧みだったか、それとも彼女の中に妄人への要素があったか……。
何故「バッグ」なのかを考えてたら、こんな風になりました。(書いたものの、……どうも上手くないなぁ)
(今回、段落とか読みづらくて申し訳ないです……どう改段してもしっくりこなかったので)

タイトルの鳥籠は双子屋さんから頂きました☆