遺  言

ようやく、あたしは楽になれるのね。
 あなたには、もしかしたら、あたしが見えないかもしれないけど、聞いて欲しいことがあるの。
 あたしのこと。
 独り言だから……きっと。

 どこから知ってもらったらいいのかしらね?
 物事には順番があるから、やっぱり最初からよね……あなた、身体が痒くなったことって、ある?
 最初の異変は、それだったわ。
 あたしの目には、はっきりと発疹みたいのが浮かんで見えるのに、他のひとには、まるっきり見えなかった。
 大切なお友達の、アニタと……もうひとり、名前を呼ぶことが出来なくなったお友達……彼女も、
 「気のせい」と言ってくれたけど……あたしにはね、見えたのよ。
 赤黒い、グロテスクな吹き出物が。
 幻覚? いいえ、そんな生やさしいものじゃなかったわ。
 だって、ちゃんと、どうしようもなく苦しかったもの!!
 悲しくて、悲しくて、切なくて。
 大事な舞台の衣装すら着ることが出来なくなったの……あたしは、踊り子なのに……。
 どうしてあたしだけが、こんな目に合うのかって、神さまを恨んだりしたわ。
 でもね。
 そんなときでも、あたしには歌を忘れなかった。
 あたしの、一番大切な歌よ。
 兄さんが……あなた、会ったでしょう? あたしの兄に。
 小さい頃、あたしが泣いたりしたら、兄さんがね、ボロボロになったおもちゃのピアノを取り出して、一生懸命、歌ってくれたのよ。
 意外?
 兄さんは掠れた声で、可愛らしい子守歌を歌ってくれた……それを口ずさんで、痛みに耐えたわ。

 兄さん。
 なんて、可哀相なひと!!

 あたし、兄さんを傷つけた。
 苦しめて、追いつめて……壊してしまった……。
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
 兄さんが悪いワケじゃない、あたしが、兄さんをあんな風にしてしまったのよ……。

     取り乱して、ごめんなさいね。
 ええ、ちゃんと話すわ。

 吹き出物。
 それはあっという間に広がって……あたしの身体はまるで燃えるように熱くなったの。
 どんな薬も効きやしなかったわ。
 心配してくれたアニタや、あの彼女に、非道いことを言って……罵って。
 あたしの苦しみが分かるはずがない、あんたたちはどうせ、いい気味だと思っているんだろう、って。

 ねえ、苦しみって、イヤなものね。
 今なら、そう言えるわ。

 そして……あれは、偶然だったわ。
 燃えるように熱いあたしの身体は、本物の炎に当たると、苦しさが消えたの。
 小道具の蝋燭の炎が、あたしに触れたとき、魔法のように痒みが無くなったのよ!!
 あたしは狂喜したわ。
 だって、また舞台に立つことが出来るようになったんだもの!!

 でもね。
 そう簡単にはいくはずがないのよね、人生って。
 退いた苦しみは、再びあたしを襲ってきたわ……前よりも強烈になってね……。

 あたしが、とった道が分かるでしょう?
 そう。
 炎よ。
 気が狂いそうになるほどの苦しみに、あたしは、燃えさかる炎の中に飛び込んだの……馬鹿でしょう?


 ああ、兄さん。
 悲しまないで、あなたが悪いはずがない、あなたは、どこまでも優しいひと。
 あたしのせいで壊れてしまった、なんて優しいひと。

 身体に傷を負った踊り子なんて、誰も必要としてくれないわ。
 あたしは、痛みに引きつった身体で、兄さんに迎えられたの。
 兄さんは泣いたわ。

 なんでだ?って。
 お前がどうして苦しまなければならないんだ、って。

 あたし……泣いてくれた兄さんに、なんて言ったと思う? 
 どうして助けてくれないの?
 兄さんには、薬が……万能薬と呼ばれていた水銀があるのに、どうして、それであたしを助けてくれないの?

    ええ、知ってるわ。
 水銀が万能薬ともてはやされていたのは、遠い昔のこと。
 だけど。
 縋りたいじゃない? 助かりたいじゃない?  
 あたしも泣いて頼んだわ。
 お願い、助けて、このままじゃ死んでしまう、二度と舞台に立てなくなっちゃう……ってね。

 兄さんは泣いて、泣いて。
 あの可愛らしい子守歌を歌いながら……あたしを銀色に染めてくれた……。
 あたしは自らの願いで、死んだのよ……兄を責めないで……お願いよ?

 死んでも、苦しみはあたしから離れてくれなかった。
 燃えさかる炎。
 口ずさむ子守歌。
 だれか、あたしを助けて!!
 その思いだけで、あたしは……あたしの「心」は、燃えるピアノになったわ……。
 燃えるピアノは、あたしを助けてくれる、大切な「思い出」だったの。

 でも、もう、それもお終い。
 あなたが、あたしの思いを……歌を集めてくれたのね?
 あたしはここよりも高いところへ上り……兄さんを見つけるの。
 そうして、大切な二人のお友達を見守ることができるわ。
 今まで、この劇場であたしを守ってくれていたのは、あの二人だからね。

 ありがとう……。
 でも、一つだけ心残りがあるわ。
 あなたに、あたしが踊っている姿を見て欲しかった……。

 さようなら。



理々子さんから。
 なにやら、ワケの分からないお話になってしまいましたね(苦笑)。
 水銀屋さんがベロニカに水銀を塗るってことは、すごく、勇気のいることだったと思う。
 んで、そうなったのは、もしかしたら、ベロニカが頼んだかもしれない……って、ただ思っただけ。
 玉砕です(涙)。
華天より。
 泣いたッス。ベロニカの運命に、水銀屋の優しさに、でもってりりーの文才に。はー、あんたやっぱりすごいよ……。
 タイトルは「遺言」の方を取らせていただきました。

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