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耀国の軍船が重沙の海岸へと現れた時、蓮は小屋の隅でまだ眠っていた。
煌に起こされ、ゆめうつつのまま乗船する。小型の軍船たった一隻だった事、程将軍が生きていた事は、しばらくたってから気が付いた。 船の中で湯浴みを終え、軍装から裳衣(しょうい)に着替えても、朱摩は戻ってこなかった。 濡れ髪のまま蓮は甲板へ出た。 白い帆は既に風をはらみ、青空に大きな弧を描いていた。蓮は目を見張り、程将軍のもとへと詰め寄る。 「何故出発した!朱摩がまだであろう!」 「船の足りない事は、じき明らかになりましょう。ここにもあまり長くはいられません」 左袖を潮風にはためかせ、少し痩けた頬をした程が静かに言った。 「煌の許しは得たのか?」 程将軍は頷いた。蓮の視線は煌を向いたが、その煌もまた頷いた。 蓮はあまりの怒りに声を忘れた。瞳を開き手の震えを握り潰し、喉の震えを飲み込んだ。 「先に逃げるのか。我等を守ってくれた、朱摩を置いて。そんなのは嫌じゃ!」 語尾が震え、涙が溢れそうになる。だがその時、鳥の声が耳に入った。 蓮は船尾に走ると、食い入るように陸を見つめた。すでに水平線近くまで遠ざかってしまった砂浜に、人影を見つけようと、身を乗り出す。 「煌にも聞こえたであろう?口笛じゃ!朱摩が追いついたのじゃ。船を戻せ!」 「違います、姉上!」 「何が違う?」 蓮は声を張り上げた。 「何と言ったかはわからぬが、あれは朱摩の口笛じゃ!」 「本当に朱摩なら、私達にもわかる言葉を話すはずです……姉上の名や、私の名を」 煌の言葉にわずかにうつむくと、蓮は再び後方を見やった。船は前進を続けている。陸は、天山の頂をかすかに残すだけとなっていた。 その時である。はっきりと言葉が聞こえた。 切り裂くような高い音から一転、低く短く震える音……蓮のよく知る口笛だった。 偶然だったのかもしれない。青空へ軽やかに浮かんでいる鳥の一羽が、たまたまそんな節回しで歌ったのかもしれない。 「前へ……」 我知らず、蓮は呟いた。さえずるような口笛は、そう語っていた。 「今の鳥の声は、前進の合図にそっくりです。よくご存じでしたね」 程将軍が驚いたように話しかけてきた。 だが蓮は朱摩と信じた。毎朝起こされた鳥の声を、聞き間違うはずがない。 「前へ」 もう一度呟く。 ふと視線を感じて、蓮は振り返った。煌が泣き出しそうな顔で見つめていた。朱摩を心待ちにしていたのは弟も同じだったのだ、そう思うと、蓮の視界は潤み始め、たまらず煌を抱き締めた。 「姉上?」 狼狽して煌がもがいた。蓮はその小さな肩をつかむと、前を向かせた。 「前を見ようぞ、煌。後ろにはもう何もなくなってしまった。前には皆が、大切な者たちがおる。それに……」 「それに新しい地があります」 煌は歌うように言い、蓮に笑いかけた。いつもの、ふわふわとつかみ所のない微笑みである。 「私にも口笛が聞こえました」 「煌……」 「新しい国を作りましょう、姉上。ちゃんと前を向いて、新しい地を見逃さないようにして。戦の起こらない、よい国を作りましょう」 煌の笑顔に、蓮はもう苛つかなかった。そんな自分を不思議に思いつつも、 「そうじゃな」 自然と蓮は笑顔を返した。 陸は遥か遠くに去り、絶える事のない波が、青い水面を揺らめかせる。 空には一羽の大鳥が、真に優雅な輪を描く。 |
終劇