十三歳のティナは、十以上も年上の俺に向かって、同い年かのように話をする。 それは決して彼女が大人びているからではない。 「あたしはここで一番エライんだから」 はいはい、と俺はしょうがなく相手をする。 「聞いてるの、ドクター? アンタよりもエライんだからね?」 はいはい。 確かに、ティナがOKを出したロボットが、工場で作られる。 言いかえれば、莫大な時間と費用をかけて開発したロボットでも、彼女が首を横に振った瞬間、スクラップ行きが決定するのだ。 月と地球の重力がちょうどよく釣り合う場所を、ラグランジュ・ポイントという。 そこに建設された宇宙ステーションに、俺の勤める研究所がある。臓器移植や遺伝子治療の専門機関だ。 だもんで、半年前、突然ロボット開発事業団と合併したときは、誰もが驚いた。ロボットと遺伝子の間に、一体どんなメリットがあるのか。 「ひょっとしたら、アンドロイドでも作るつもりかな」 先輩医師がそう言ってゲラゲラ笑った。 実は俺も、それしか考えられなかった。少なくとも「下っ端」と呼ばれる地位の人間は、そう思っていたに違いない。 「グラマーで、何でも言うことをきく美女を作ろうぜ」 先輩にそそのかされ、二人で設計図を作ったことがある。 (好みのモデルの写真を切り張りしただけのものだが) 結局、資金に苦しんでいた事業団を研究所が買収した、という説明により、美人アンドロイドの話は泡と消えたが。 俺のいるチームが、事業団の工場に研究室を移したとき、知り合ったのがティナだった。 クリームコーヒーのような肌色をした彼女は、生意気で生意気で、も一つおまけに生意気だ。 缶入りのフルーツドロップをいつも持ち歩き、ふっくらとした頬をさらにぷりっと膨らませている。 ティナは毎日遊びに来る。 本当に遊ぶのだ。 ドロップをつかんだ手で顕微鏡(しかもレンズ!)を触ったり、細菌培養用の寒天に指をつっこんでみたり……ああっ、思い出すだけで腹が立つ! 「ティナ、どうしていつもここで遊ぶんだ?」 メンバーの堪忍袋が破裂する寸前、俺は丁寧に丁寧に彼女に聞いた。 「実験に興味があるのかい?」 「……うーん、べつに実験が面白そうだとか、そんなんじゃないんだよね」 かりりとドロップを頬ばりながら、ティナは言った。 「ドクター達はさ、もともとアタシと関係ないじゃん? だからいいの。 うちの大人たちはアタシにヘーコラするから、情けなくって。ドクター達はしないじゃん」 その後も変わらずティナは遊びまくり、俺たちも散々怒ったが、みんなあまりティナを嫌いじゃなくなったみたいだった。 事業団のTBINというロボットが完成した。例によってティナがうなずいたものだ。 TBINは、宇宙作業用ロボットだ。大容量の知能ディスクを搭載し、無人・無線、人間のように考えながら作業を進められるらしい。いちいちプログラムを直さなくてもいいのだ。門外漢の俺も感激してしまう。 ティナの招待により、俺たちもTBINの完成披露会に参加した。 ステージの上のTBINは、滑稽な……いやユニークな形をしている。 足は短いというよりほとんど無く、蛇腹のような折り畳み式の腕は、デモンストレーションで使用されたまま、片方だけ伸びている。 空中活動もできるというランドセル型の推進装置を背負い、伏せたバケツに似た頭部には、大きなレンズが一つだけついていた。 「ブッサイクよねー。泣けてきちゃうわ」 人目もはばからずティナはぼやいた。 「もう少しかわいげのあるデザインだと思ったのに」 「テストの時はこうじゃなかったのかい?」 「うん。ボルトもコードもむき出し。装甲なんか一つもできてなかったんだもん」 「全部できてから不都合が見つかるよりいいじゃないか」 「そりゃそうだけど。でも、こんなにブサイクだったとは……」 何せ、研究班で自他共に認める美的センスのないチーフからも、 「うわ、何だこれ」 というありがたいお言葉を頂戴したのだから、さしものティナもショックを受けないわけがない。 「これに注文来てるってんだから、もーがっくり。会社のイメージダウンにつながっても知らないから」 ぶうぶうと文句を言い始めたティナを仲間に預けて、俺はトイレを探して会場を出た。 工場に研究室を移転したと言っても、あてがわれた場所以外は、ほとんど知らないし、今日もティナなしではたどり着けない、工場の奥の場所だった。その上俺は方向音痴である。 ……これだけ理由を並べれば、誰もバカにしないだろうか。 トイレの出口を間違えたのが運の尽きだった。入ったときに、出入口がもう一カ所あるのを見ていたにもかかわらず、つい逆から出てしまったのだ。 すぐに気付けばいいものを、慌てて歩いたおかげで、ますます知らない場所へ来てしまった。 ドアを開けては閉め、廊下を行きつ戻りつし……そんなことを繰り返しているうちに、奇妙な部屋に入り込んでしまった。 照明をぐんと落として暗い。奥の方がぼうっと光っている。好奇心を抑えきれずに、俺はその部屋を進んでいった。 通路を挟むようにして、様々な標本が並んでいた。鳥、昆虫、魚、絶滅した虎や狼まで、全身が入る標本瓶の中に浮かんでいる。 そして最も奥の、ある巨大な標本の前で、俺の身体は動かなくなった。 その標本は、ティナ、だった。 十個ある標本全てが、ティナだった。 それぞれ年齢が違う。 皆ほっそりとしている。だが、明らかに彼女だった。 特殊な液の中で、皮膚はパラフィンで覆われたようなになっている。 褐色の肌に液や照明が重なっていて、とても醜い色だ。 これは彼女のクローンなのか? それとも今のティナが? 俺はよろめきながら、次の部屋のドアを開けた。 壁一面ガラス張りになったその部屋は、水族館のようだ。 実際、ガラスの向こうは、薄青い液体で満たされている。 ちゃぷ……ちゃぷ…… わずかずつ四方が波立っているような気配は、部屋に入った瞬間から、わざと見えないふりをしていたものを、イヤでも思い出させた。 ガラスの向こうの、無数の胎児を。 青い液体には、数え切れない胎児が、小さく身体を丸め、安らかに浮かんでいる。 細く頼りないへその緒は、水槽の中央で一つに束ねられ、天井の奥へ消えている。 くるりと寝返りをうったものが、さざ波を起こすのか。 こみ上げてくるものを必死で押さえ、俺は更に違うドアを開けた。 扉の向こうは工場だった。茶色いベルトの上を、円筒が流れていく。 目を凝らすと、中には灰白色の脳が入っていた。 筒は整然と進んでいく。 水の音がする。 水から取り出す音。 水を捨てる音。 床下を流れていく音。 俺はじりじりと足を動かした。脳の漬けられていた液体が、足の下を流れている。 足首が冷たいのは、冷房のせいじゃない。 波打ち際に立ったように、足のまわりから砂がさらわれていく気がする。 ぞろり、ぞろり、と。 ティナの標本。 胎児の水槽。 ベルトコンベアの脳。 クローン研究。 ……想像はきっと、間違いないだろう。 俺の研究は、クローンによる臓器移植だ。患者のクローンで臓器を補う。 クローン生成の時点で遺伝子治療を施し、病巣を除く。 拒否反応は出ず、理論上は、末期ガンの患者も助かるハズだった。 だが、こんなことになるなんて。 ロボットに情報や経験を記憶させる装置と、蓄積したデータに基づいて作業する出力装置。そのために彼女の脳が用いられているのだろう。 ティナの「テスト」は、俺が想像していた、運動や出力調整といったものではなく……機械の手足が「知能ディスク」と接続するかどうかが問題だったハズだ。 TBINに、ティナはうなずいた。 彼女は知っているんだろうか? この大量生産のシステムを。 作られては刈り取られ、出荷される。繰り返し、繰り返し。 それはティナが死んでからも続く。 誰も知らない暗い部屋で、ティナは生産され、搾取され続けるのだ。永遠に。 そして俺たちは、アリのように増え続けた人間は、あの不細工なロボットなしでは生きていけないのだ。強烈な放射線や紫外線に耐え、不毛の宇宙を開墾するロボットなしでは。 でも。 俺は配電室を探した。早足が駆け足になり、食いしばった歯の間から、嗚咽が漏れる。 配電室には誰もいなかった。器具置き場からバールを取ると、配電盤をめちゃめちゃに叩いた。 水槽は冷えるはずだ。いや、沸騰するか? どちらにせよ助からない。電力がストップすればロボットへの「移植」もできず、デリケートな脳は壊死する。標本はあとで割ればいい。 こんなことをしたって、どうにもならない。ティナはまだいるのだから。 けたたましいサイレンが鳴り響く。 緊急を告げる赤と黄色のライトが、配電室を鮮やかに彩る。 だが俺は構わずにバールを振るった。 たくさんの小さな「ティナ」が、運命を受け入れることしかできない「ティナ」たちが、 せめて安らかな眠りにつけるように。 |
かなり昔に書いたSFですが……いかがでしょうか?
以前見せたことのある人からは、表現がくどい、と散々言われましたが、直してません。直すつもりもナシ!(笑)
友だちの東愁太郎ちんが、これをマンガにしてくれるそうなので、今から楽しみです。
(でも東ちん忙しいからいつになるか……(笑))
ご意見・ご感想はメールや囁掲示板にて受付中。ただし、「くどい」は却下(笑)。
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「TB-IN」で使用した壁紙などの素材は全て、こちらからいただきました。
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