もう四日、寝ていない。
眠りたくなかった。
夢をみるから。
夢の中、世界は二十三世紀。
猫型ロボットが家庭に普及してる時代。
あたしの家にもロボットが来ることになった。猫型よりちょっと高級な、人型ロボ。父さんが一目惚れして衝動買いしてきた。真っ白で滑らかなボディ。顔の中央にぴょこんと高く鼻が突き出ている。家族全員できゃあきゃあ大騒ぎしながら電源を入れた。
鼻の先が光って、『彼』がゆっくり起き上がる。私たちを見まわして首をかしげた。
「ようこそ、うちの家族へ」
父さんが笑って言うと『彼』は頷いて、ぺこんと頭をさげた。
夢の中、世界は二十三世紀。
名前はピノに決まってしまった。母さんが好きだった童話から取ったらしい。尖った鼻がそっくりだそうだ。
ロボットはすぐにあたし達と仲良くなった。
いつも一緒にいて、いつも遊んでくれた。
あたしは『彼』の運転するエア・カーで、真夜中に高速チューブを疾走するのが好きだった。もちろん親には内緒。
ロボットだけに運転は正確で、フルスピードで走っても危ないことなんか何一つ無かった。
夢の中、世界は二十三世紀。
『彼』とあたしの秘密のドライブは、もう何ヶ月も続いていた。親にもばれなかったし、事故だって一回も無かった。誰もがロボット制御の車だったから、当たり前といえばそうだけど。
『彼』に未だに音声機能は付いてない。好きな声をサンプリングすれば、家庭でだってできるのだけど、家族の意見がまとまらなくて、ずっとそのまま。
でも、能面のように見える白い顔は、驚くほど豊かな表情を見せてくれる。声は無いけど、会話に苦労したことは全くない。
ああ、でも。
エア・カーの助手席で、あたしは空想する。
『彼』はどんな風に喋るんだろう?
どんな風にあたしを呼んでくれる?
夢の中、世界は二十三世紀。
いつも通り、あたし達は真夜中のドライブを始める。
直線が長くてスピードの出やすいコースを選んで、あたし達は風になる。
あたしの体が、『彼』の装甲が千切れそうな程、びゅうびゅうと空間を切り裂いて走る。
このまま肉体が砕けてしまえば、本当の彼に触れられるだろうか。
夢の中、この日は違った。
あたしは病院のベッドの上にいた。
どうやら事故ってしまったらしい。
起き上がりたいのに身体が全然動かない。
ピノ ピノ
名を呼んでも『彼』は来ない。あのモーター音が聞こえない。
周りで父さんと母さんが話をしている。
「夜中に連れ出していたとはけしからん」
違う、違うの。
最初に言ったのはあたし。『彼』に運転機能が付いてるのを知って、渋っていたのを無理矢理命令したの。
「挙げ句にジャンクレーサーと事故を起こしてしまうなんて……」
違う、違うの。
あたしを守ってくれたのは『彼』よ。集団で絡んできたあいつらから守ってくれたわ。事故だって、向こうがスリップしたのに巻き込まれただけ。爆発でチューブを突き破って外へ飛び出しそうになったあたしを、助けてくれたのは『彼』だよ!
ピノ ピノ
お願い、会わせて……。
泣きながら眼を覚ました。
午前五時。
『彼』が心配で堪らない。
泣きながら、また寝た。
あたしの手を、誰かが握ってくれている。
冷たくて硬くて滑らかな肌。
『彼』だ。
顔に包帯が巻かれてるのか、眼を開けられない。じわじわと涙ばかりが溢れてくる。
どこにも行かないで。
自分でも果たして出せたかわからない。包帯もある、声はどこまで聞こえただろう。
だけど『彼』は手を握り返してくれた。
冷たい肌がほんのすこし温もっている。あたしの体温が移って『彼』の体温になる。
ねえ、あたし達、一つだよ?
同じ温度を持っているよ?
「ピノ」
父さんが『彼』の名を呼んだ。
『彼』はもう一度、今度は強く握り返すと、手を、離した。
嫌だ。
行かないで。
お願い……
泣きじゃくるあたしを起こしたのは、父親だった。
顔と瞼をぱんぱんに腫らし、うなだれているあたしを見て、
今日は学校を休んで良いよ、と優しく言ってくれた。
夢をみたくない。
眠りたくない。
お願い、あたしを眠らせないで。
後の事なんて知らない。
『彼』がどうなったかなんて知りたくない。
だけど
もう一度、会いたい。
神様、夢を見させて。