mement mori

メメント・モリ……死を想え。

メメシーゾ・モリ……女々しいぞ、森ッ!!!



「ええっ!そんなぁ……監督ぅ、そんなこと言われてもこれがぼくなんです!」
「うるさい! キラキラ粉を振りまくな! 小指をどうにかしろ! 小指なんぞ立てているから、いつまでも世界に手が届かないんだ!」
「でも監督ぅ〜(キラキラ)」
「だからその粉を振りまくなっちゅーに!! は、は、ぶわ〜っくしょい!! ちくしょーめ!」

 森京平、25歳。
 長い睫毛に縁どられた憂いを帯びた瞳。さらさらの髪。さわやかな笑顔と共に振りまかれる、キラキラ粉(笑)。彼の行くところ、女性ファンが嬌声を上げるのだが、しかし、彼はジャ○ーズのアイドルではない。
 重量挙げ、の選手なのである。
 オリンピック選考会・5位。一般にも知られず、記録にもそれほど載らない選手だ。
 だが、重量挙げの世界で彼の名を知らぬ者はない。
 ロシアのウラジミール・チェレンコフ選手は、
「彼の重量挙げには、華がある」
 と賞賛を惜しまず、また、解説者たちも口をそろえて
「重量挙げに芸術点があったのなら、彼は10点満点を連発しただろう」
 と、実に惜しそうに語る。
 強さと美しさを兼ねた森選手は、この競技会場に女性ファンを呼び込むことにも成功している。
 重量挙げ協会では、女性ファン達を考慮して、観客席のクッションを張り替え、女性用トイレも清潔感溢れる広々としたものに作り替えた。重量挙げを志す子どもたちも増え、協会はほくほく顔が止まらない。

 しかし、一人浮かない顔がある。監督の大佛孝太郎だ。
 森の才能に惚れ込んで、時に優しく、時に厳しく、彼を指導してきた大佛だったが、この小指だけはどうしても矯正することができなかったのである。
 その上、永年「キラキラ粉」を浴び続けたため、不運にも「キラキラアレルギー」を発症してしまったのだ。
 だが大佛は信じている。
 森は世界を制する男だ、と。
 ・・・・・・・・・あの、小指さえ直れば。

 森京平、25歳。
 小指を立てるのを止められずに、世界に出ることの出来ない選手の一人、である。







demiさん作。キラキラ粉30%増量中(はぁと)







 正直なところ。
 重量挙げ世界チャンピオン・チェレンコフには、この青年が自分と同じ競技の選手だとは思わなかった。

 まず体型。身長は高いが、重量挙げの選手としては、かなりひょろひょろとした印象がある。

 それに雰囲気。普段はともかく、競技会の控室でこれほど明るく、また柔和な表情でいられる選手はそうそういない。隣りに立っている監督の方が余程ピリピリとしている位だ。

 チェレンコフに気付いたのか、青年は彼を見てにこりと笑った。
 その笑顔のなんという煌めき! まるでここが男の戦場ではなく、森の中に銀色の天使を見つけたような、心からの笑顔。
 思わず顔を伏せ、チェレンコフはそのことに何故だーー! と激しく動揺する。
「ウラジミール、あまり奴を見るな」
 彼の監督が小声で告げる。
「彼は?」
「キョウヘイ・モリだよ。シンイチ・ユガワラがケガで欠場したから、補欠から繰り上がったんだ。ああ見えて策略家さ。いつもあんな無防備な笑顔を見せて、ライバルを油断させているんだ」
「日本では、有名な選手なのか?」
「マスコミが放っておかないという点ではな、あの外見だから。けれど競技者としては上の下といったところだ」
 お前の敵じゃない、と監督はチェレンコフの背を叩いた。

 順番が来たらしい。その日本人選手はきらきらした笑顔でチェレンコフに会釈すると、風邪でもひいたのかしきりにくしゃみをする監督と一緒に控室を出ていった。

 閉まったドアを見送りながら、チェレンコフは考えていた。彼は日本で上の下だという。ということは、上、つまりトップクラスに入っているということだ。
 この青年、強いのでは、と。

 そんなチェレンコフに気付いたのか、監督はまた彼の背を叩いた。
「気にするな。あいつは絶対にお前の敵じゃない。何故なら、重大な欠点があるからだ」
「それは?」
 監督は意味深に笑った。
「あいつの試合を見れば分かるよ」

 チェレンコフが観客席に現れたとき、モリは丁度バーベルの前に立ったところだった。周囲がチェレンコフを見てどよめく。彼が他人の試合を見ることは、今まで一度も無かったからだ。
 観客席のざわめきに、モリも気付いたようだ。チェレンコフを見上げ、またあの笑顔を見せた。観客席の一角で、キャーと黄色い声援が上がる。どうやら日本からの応援団らしい。若い女性が多かった。
 静粛にする旨のアナウンスが流れ、会場は再び静まり返った。

 青年の動きに、チェレンコフは目を奪われた。
 かつてこれ程までに「美しい」選手はいただろうか。
 自然体でなめらかな動作は、まさに水の高きから低きへ流れるが如き。
 尚かつ動きの一つ一つに、得も言われぬ華があった。
 何よりも、

 小指

 小指にチェレンコフの目は釘付けになった。
 力強く握られたモリ選手の拳、その小指がピッと立っていた。

「見たか、ウラジミール」
 いつの間にか監督がそばに来ていた。
「あの小指が彼の欠点だよ。ご覧よ、向こうの監督の表情を」
 目を転じると、日本人監督がいかつい顔をもっといかつくしてモリ選手を睨んでいる。
 確かに小指の締めが無くては、全ての力を出し切ることはできないだろう。だが今あれだけできるということは、小指を使ったなら……。
 しかしチェレンコフの中から、すぐにその考えは消えていった。
 いつもなら息をひそめて選手たちを見守っている会場だが、まるでバレエやミュージカルを見るような、そんな高揚感を伴った静けさで満ちていた。
 そして、チェレンコフの心もまた。

 競技会は、予想通りにチェレンコフが優勝し、日本のキョウヘイ・モリは9位に終わった。優勝者へのインタビューで、彼は次のように応えている。

「僕は優勝することで記録に残りました。けれど今日のことをいつか皆さんが思い出すとすれば、心に浮かぶのはきっと僕ではないでしょう。重量挙げが、新体操やフィギュアスケートのような採点競技じゃなくて、本当に良かったと思います」


「ほらほら、この新聞を見てくださいよ大佛監督ーぅ! ロシアのチェレンコフ選手のインタビュー! これって僕の事ですよね??」
「うるさい、折角世界デビューの大チャンスだったのに、お前はいつもいつもいつもいつも(ハクショーイ!)いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも(ハクショーイ!!)いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも同じミスをしやがって!! 湯河原なんかよりお前の方がずっと……ぶわくしょーーーい!!!」
「うわ、監督ったら酷いですよ! チェレンコフ選手の記事が濡れちゃったじゃないですか!」
「うるさい、いいから練習に行くぞ、練習に! 今日こそ小指を直してやる!! ……ぶわくしょーーーい!!!」


おわり。

虚像劇場へ    目次へ