沈 雪
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雪は夜になってようやく止もうとしている。
三日間降り続いた雪は、ごみごみとしたこの街を白く覆い隠してしまった。だがそれも尽きぬ人車の流れに、灰色に汚れ始めている。 劉堅は街外れの廃ビルで車を止めた。静かにドアを閉め、足音を立てぬように建物へと入る。 銃を抜き、ゆっくりと安全装置を外した。闇に吐息が白く踊る。 密告があったのは一時間ほど前。匿名の電話で、このビルで麻薬の取引が行われると言う。捜査官が各々のいた場所から駆けつけることになっているが、一番乗りは劉堅だったようだ。 だがこの静けさ……取引があるとはとても思えない。耳を澄まし、全神経を集中させても、廃屋の中に人の気配は感じられなかった。 劉堅は小さく舌打ちした。後発はいらないと連絡をしなくては……。そう考え車へ向かおうとした時、何かが動いた。気配の方向へ銃を構える。 果たしてそれは人影だった。 割れ窓から差す雪明かりを背に、隠れる風もなくこちらへ向かってくる。 「久しぶりね」 堂々とかけられた声に、劉堅は聞き覚えがあった。 葉玲、である。 かつて同じ麻薬捜査官であり……そして、彼の恋人だった女。 「お前が仕組んだのか?」 劉堅の言葉に、葉玲は鈴を震わすように笑った。 「貴方だけの為に仕組んだ狂言と? うぬぼれ屋なのは相変わらずね」 葉玲は肩をすくめた。 「取引はやってるわ、屋上でね。……動かないで」 走りだそうとした劉堅に、葉玲は銃口を向けた。 「でも、密告したのはあたし」 「何故」 「貴方に会いたかったから」 微笑んで、葉玲が一撃する。劉堅の足元、アスファルトが散った。 ビルの外へ出、壁に身を隠しながら劉堅はまた舌打ちした。 潜入捜査官として葉玲が麻薬組織に加わったのが五年前。組織の信頼を勝ち得、徐々に彼女自身が取引の中心人物になっていった。 二年前、彼女が手がける事になった取引を叩いて、それで組織は壊滅、葉玲は晴れて戻ってこられるはずだった。だが彼女が裏切ったのは、組織ではなく警察の方だった。取引場所を包囲した大半が死んだ。 葉玲の銃弾が壁を走る。隙を突いてこちらも撃ち返し、繰り返しながら少しずつ移動する。 カツとアスファルトが鳴った。パンプスの音、葉玲は外へ出た。一発が近くで弾けたのを確認し、劉堅は立ち上がって姿を見せた。 二つの銃口は、互いに狙いを定めている。 残弾、各々一発ずつ。 「よう、ずっと聞きたかったことがあるんだが」 「なに?」 「何で俺たちを裏切った?」 葉玲は笑った。 「質問が違うんじゃなくて? 『俺たち』ではなくて、『俺』でしょう?」 五年前と変わらず、美しい笑みだった。 雪がまた降り始めた。 粉のように細かい、真っ白な雪がさらさらと二人の間に舞い降りる。 それは伸ばした腕に積もり、銃を白く染めた。 風が淡く吹いて、雪が二人の顔にかった。劉堅の鼻先をかすめ、葉玲の唇の中に入り込む。 そのとき緊張が弾けた。 眼を剥いたのは女。男はニッと笑う。 銃は互いへ向かって火を放った。 銃声を聞きつけ、廃ビルから出てきたのは若い男だった。まっしぐらに二人の元へ駆け寄る。銃口を突きつけた先は……肩を押さえて呻く葉玲。 「お怪我は?」 「少しかすっただけだ。上は?」 「裏から廻って、全員取り押さえました……クスリを大分バラ撒かれてしまいましたが……」 若い刑事は葉玲の銃を取り上げながら、済みませんと頭を下げた。 「いや、いい。おかげで助かったようなもんだ」 劉堅は苦笑すると、葉玲へ手錠をかけようとする刑事を制止した。 「癖は、まだ直っていなかったな」 左頬の血を拭い、劉堅は小さく告げた。葉玲はくくっと肩を震わせる。 「そう、そうね、ずっと言われていたわね……銃口が右にぶれる癖……」 くつくつと喉の奥で笑いながら、葉玲は顔を上げ、劉堅の目をひたと見た。 「行きましょう」 言って葉玲はくるりときびすを返す。 ああ、と頷いて、劉堅も車へ向かう。 背を伸ばして二人は歩く。 「さっきの質問に答えてあげる」 葉玲は前を向いたまま。 「ああ、教えてくれ」 劉堅も前を向いたまま。 「あなた、犯罪者への記憶力はすごいじゃない。自分が助けた人のことはすぐに忘れちゃうのにね。だから、よ」 「そうか」 「そうよ」 劉堅は運転席へ座り、葉玲は助手席へ当然のように滑り込んだ。 空からは、本物の雪が舞い降りてきた。
終 劇
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★香港ノアールっぽく……と思ったのですが、いかがでしたでしょうか?
ネタ的にはすごく気に入っているんですけど、いざ形にしようとしたら、
いまいち思った通りにならなくて、「あ、あれ?」みたいな(笑)。
雪の季節の間に出したかったので、計画が叶ってひとまず安心です。
★タイトル画像の「雪の格子窓」は双子屋クーロネットさんから頂きました。いつもありがとうございます♪
(双子屋クーロネットさんへは、当方のリンクページ(電脳朋友網・絵)からどうそ★)
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