掌に 夢は大きく 胸をただ 焼き尽くす
風よ吹け Lhasa 赤い砂の王国に


[9]

[9.1]
 その日の午後、久遠は連盟司法局へ出頭した。

「『電脳』ハッカーと連続殺人犯の件だが」

 包帯姿の久遠へねぎらいの言葉もそこそこ、スペクターはすぐさま本題を切り出した。書類の束を机に放る。久遠はそれを取り上げて、最初からめくっていく。

「グラウエンの作ったモンだ。それで行く事にした」
「……本気ですか?」

 久遠は眉をしかめた。

「こういう方法も一手だとは思いますが、リスクが大きすぎませんか? 第一……」
「もうサインはした。全員が動き始めている」

 久遠は黙って書類を閉じた。

「本当にやるんですね、この計画を?」

 スペクターは頷く。

「彼とは一緒に登庁しましたが、そんなことは一言も話さなかった……」
「久遠、君には大変済まないと思っている。だが、」
「わかりました」

 久遠はぴたりと踵を揃え、敬礼をした。

「司法局の決定に、従います」



[9.2]
 のほのほとした笑顔で、グラウエンがやってくる。両手には、湯気の立つコーヒーの紙カップ。

「お疲れ、月日子。次長から何か言われました?」
「言われた」
「あちゃ〜ぁ、ご愁傷様」

 差し出すカップを久遠は一つ、ではなく両方とも取り上げた。片手に二つを持ち直す。

「月日子?」
「一発殴らせろ」

 言うが早くキレのいいストレートがグラウエンの顎にヒットする。事務室がざわめく。

「何するんですかぁ!」

 涙目になってグラウエンが抗議する。

「それはこっちの科白だグラウエン。何なんだあの計画は?」
「……絶対怒るから、言いたくなかったんですよぅ」

 顎を押さえながら、しくしくとグラウエンは立ち上がった。

「ちゃんと説明しますから」
「当たり前だ」
「だから、僕のコーヒー下さい……」


 罠を仕掛ける。

 おとりを用意し、それ自体に逆ハックプログラムを組み込む。そちらを攻撃している間にハッカーの位置を逆探知する。端的に説明すると、グラウエンの計画はこういうことだった。
 それだけならごく普通の計画である。しかし、一つだけ問題があった。

「だから何故その『おとり』に、D・Dを使うんだ?」

 イライラとする久遠に、

「だって適任なんですもん」

 しれっとしてグラウエンは答える。

「『連盟の至宝』に何かあったらどうするつもりだ?」
「うーん、クビだけじゃあ済まないでしょうねぇ」

 春風のような口調。そして悪戯っぽい目つきで月日子を見る。

「それに、『至宝』より『友達』が心配な人にまた殴られちゃいます」

 久遠は眉をしかめて、コーヒーを一口啜った。くつくつと喉の奥でグラウエンが笑う。

「連盟のコンピュータを使おうと思ったんですけど、やっぱりD・Dがいいんですよねぇ。今考えているプログラム、ちょっと大がかりだから連盟のじゃ少し荷が重くて」
「……何とかならないのか?」

 グラウエンは肩をすくめた。

「プログラムは、これでもギリギリまで削ったんです。これ以上はむりですよ」
「そうか……」
「媒体の方も、情報局の方でも人選して貰ってます。D・Dが適任なんですけど、ギリギリまで待ってみます」

 ほわほわ語るグラウエンの言葉に、久遠の瞳が険しくなった。

「何を探すんだ? もう一人の『D・D』か?」

 言葉を受け、水のような青い瞳が黒のそれをひたと見返す。

「そうですよ。D・Dと同じ情報をインストールして、おとりになって貰う人、をです」
「本気で言ってるのか……?」
「ええ」

 グラウエンは残ったコーヒーを飲み干すと立ち上がった。

「どちらにせよ、気乗りのしない計画ですけどね。こんなの思いついちゃった自分が嫌ですよ」

 紙カップをくしゃと握り潰す。

「でも火星のどこを探したって、D・D並みの頭脳の持ち主はいませんよ。彼女はブレイン・データベースのために生まれた、女神のような人ですから。……だから、ハッカー達は皆彼女に焦がれる」

 カップをゴミ箱に放ると、大きく伸びをする。

「知ってるでしょ、ラサ? 昔、D・Dをハックしようとした奴です」

 久遠は頷いた。ルーキー時代に手がけた事件の一つだった。考え得る限りの手を尽くしたが、『ラサ』本人を捕まえる事はできなかった。

「あれにね、実は僕も一枚噛んでたんです」

 呆気に取られた久遠の表情を確かめて、グラウエンはにっこり笑う。

「学生の頃なんですけどね。僕と友達、『ガザ』と『ラサ』で、どっちが早く『電脳』にたどり着けるか、競争してたんです。結局は友達の方が勝っちゃったんですけど」
「勝った、って……」

 グラウエンは片目をつむった。

「世間の噂じゃ壁一枚まで肉薄、って事になってますけどね。ま、セキュリティ・ウォールを全部越えた所であいつの機械がパンクしちゃったんだから、同じ事です」

 両方の掌を窓に向けて開いた。輪郭に僅かに血の色が透ける。

「……お前も何かしたんだろう?」

 久遠の問いに振り返って、人差し指を立てる。

「当たり! あの頃は僕も若かったから、特に凄いことをしちゃいました」

 不審そうな久遠の視線に、今度は人差し指を自分の唇に当てる。

「でもそれは内緒です。捜査官をクビになるだけじゃ済みませんから」

 久遠の呆れ顔にひらひらと手を振って、ラウンジを出ようとする。

「これから情報局に缶詰めです。何かあったらそっちにお願いしますね」

 何か言いたげに久遠は口を開いたが、言葉は違うものだった。

「カーニバルまでには終わらせたいな」
「……そうですね」

 グラウエンは笑った。
 それが彼の見せた、最後の笑みだった。



[9.3]
 久遠は病院に戻ったが、一睡もせずに夜を明かした。元もと不眠症気味だったが、一連の捜査での徹夜続きと先日の怪我で、より眠れなくなっているらしい。
 眼をしきりとこすっているのは、一晩中持ち込んだ端末のディスプレイを見続けていたせいだ。専門外であるものの、連盟やD・Dのプログラムをあれこれ見ていたのである。

 自分なりに掴めるものがないかと探していたが、メインのプログラムを見たときに(もちろん干渉できるはずもなく、ただ眺めただけだったが)、奇妙な事に気が付いた。
 プログラムはアルファベット小文字で書かれていたが、ある文字だけが大文字になっていたのだ。

 [G]、[A]、そして[Z]。

 語句には全く関係なく、この三文字だけが大文字で書かれている。すべて。

「まさか……」

 我知らず久遠は呟いた。
 グラウエンのハンドルは、ガザ。

 [GAZA]

 彼は、連盟のプログラムを書き替えたとでもいうのか。一字一句そのままに、自らの名前を折り込んで。

 グラウエンに確かめようとメモ帳に手を掛けた、看護婦が血相を変えて病室に飛び込んできた。

「久遠さん、今TVで……!」

 看護婦は肩で息をし、頬にはぽろぽろと涙がこぼれる。

「グラウエンさんが、死んだ、って……!」



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はい、10話では終わりません。あきらめました(ちゅーか今まで諦めてなかったのか!?)
しかもまだカーニバルは始まりませんし(爆)。いつになることやら(トホホ〜イ)。
こうなったら、書きたいだけ書かせてやってくださいませ・・・。
次回はオッサン大活躍の巻です、多分。

華天 拝



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