trick or treat
お菓子を頂戴! でなきゃお前を喰ってやる!
[7]
[7.1]
はぁ、とD・Dは溜息をついた。
「聞いてリチャード。私のストーカーのコレクション、一つ足りないんですって」
「うわぁ、物騒ですねぇ。持ってっちゃったんでしょうかねぇ」
キーボードを打つ手を休め、グラウエンはD・Dを振り返った。画面と睨めっこを続けていたせいで乾ききった眼を幼い仕種でゴシゴシとこする。
「あらあら、大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。……にしても悔しいなぁ、ストーカーを捕まえきれなくて」
「そうねぇ、月日子が間に合わないだなんて、相手も相当やるわねぇ」
「あ、紅茶飲みませんか?」
「ありがとう、いただくわリチャード」
入れたての紅茶を二人はのほほんと啜る。火星で最高級の紅茶は、爽やかな香りを情報局のメインルーム中に満たした。
「あ、皆さんもどうぞ。三時のお茶にしましょうよ」
局員へ向かってにこりと笑うと、室内が一気に華やいだ……特に女子が。
何人かがD・Dのそばに来て用意を手伝い始める。グラウエンは入れたばかりの夕陽色の紅茶を、情報局長の机へと運んだ。
「どーぞ」
「お、済まないね。君が来てから美味しいお菓子やら紅茶やらにありつけるなぁ」
「どういたしまして」
グラウエン、にこにこ。
局長も、にこにこ。
にこにこ。
にこにこ。
「……で?」
「D・Dの『使用』について、折り入ってお願いがあるんですけれど……」
切り出すグラウエンの笑顔がきらーんと輝いた。
[7.2]
ふと目眩を覚えて、久遠は立ち止まった。
「月日子さん?」
李が心配そうに久遠を見上げる。
「少しその辺で休んでいきましょうか? ハッカー担当になってから、ひっきりなしに出動がかかっていたんでしょ? 休まないと持ちませんよ」
「おー、月日子も若い若いと思ってたが、いい歳だもんなァ。身体にゃ堪えるッてか?」
カラカラ笑うラングの足を、李はハイヒールで踏みつける。
「……ってぇ!!!」
「もう、自分がジジイだからって月日子さんまで一緒にする事ないじゃないですか!」
「ンだよ、もう三十だろ? 一緒一緒!」
「……まだ二十九だ……」
先程とは別の理由の目眩に襲われ、久遠はいよいよ立っていられなくなった。
「おい月日子」
慌ててラングが抱え起こす。
「ホントに大丈夫か?」
久遠は苦笑して、頷いた。
「疲れてるのは確かだな。少し休んでから、一旦連盟に戻るよ」
「連盟で休んだ方がいいんじゃないですか?」
「いや、いい」
「その方がいいぜ。俺がおぶっていってやるよ」
「…………いい」
「遠慮するなよ、たまにはへなちょこなとこを見せるのも、親しみやすい捜査官ってイメージが湧いていいもんだぜ? あ、お姫様抱っこの方がいいかー?」
ラングはゲタゲタ笑い、李は形のよい眉をつり上げた。腰に手を当て仁王立ちする。
「何バカな事いってるんですか! こないだ腰やっちゃったの、まだ完治してないでしょ! そんな人はおんぶも抱っこもいけません!!」
「もう行け、お前ら……何かあったら連絡するから」
しっしっと久遠が振った手の意味は、どうやらイマイチ分からなかったらしい。ラングと李は互いに文句を言い合いながら場所を後にした。
久遠はガードレールに腰をかけると、大きく息を吐いた。不眠不休で捜査しても平気だったのは、確かに何年も前の事だ。いやそれでもラングほど昔ではない、と思い直して、自分の思考に可笑しくなる。
口元を軽くほころばせながらコートのポケットを探り、薬のシートを取りだした。麻薬「ファム・ファタール」と同じ成分を持つ眠気覚ましである。もちろん何千倍にも薄めたものだが。錠剤を押し出して口に放り込むと、近くの自販機へ向かう。
コーヒーを買おうと小銭を入れた時、パッと白い光が久遠を照らした。
「久遠捜査官、事件についてインタビューしたいんですが?」
にこやかに近づいて来たのは、マーズTVのリポーター、ジャッキー・ウォンだ。『電脳』ハッカーの犯人逮捕の瞬間を捕まえようと、この数日、間断なく出動する久遠にピタリと張り付いている。毎日違うスーツで登場するのは流石というべきか。
先程もビル内に入ろうとしたが、その久遠の命令で室内の要すどころかドアの一つすら映せずに退去させられていた。
「この様子では、犯人逮捕には至らなかったようですね」
「……ええ、既にもぬけの殻でした。残された証拠品から、犯人の特定を急ぎたいと思います」
缶コーヒーで錠剤を流し込み、久遠は答えた。自分をアップで映すカメラには目を向けない。「ファン」を喜ばせるのはいいが、自身の「デビュー戦」の中継で連盟のサーバをファンレターでダウンさせて以来、久遠は必要以上にカメラを見るのを禁じられていた。まあ、見た所で犯人が捕まるわけでもなし。
「ところで……ラング捜査官と、ルーキーの李捜査官も現場に来ていたようですが」
缶から唇を離し、リポーターの青い瞳を見据える。なるべく険の籠もらぬように。しかしウォンリポーターは縁無し眼鏡でさらりとそれを受けとめると、インタビューを続ける。
「ええ、一人では心もと無いので応援を頼みました」
「それは珍しい! 『久遠』とあろう人が!」
「万全を期したかったんですが、相手が一枚上手でしたね」
「そうだったんですか。私はてっきり、例の殺人事件と関係があるのかと……?」
久遠を、見る。
「とんでもない」
久遠は笑った。
「ともあれスクープを逃す事になってしまって、申し訳ないです。次こそ、頑張りますから」
誤魔化しの営業用スマイル、とウォンにもわかっていたが、それでも久遠の容貌で微笑まれると見惚れて言葉が出なかった。
と、ウォンの眼が大きく見開かれる。
彼の瞳に映る絵を確認、だが久遠は僅かに出遅れた。左耳に鋭い熱。振り返りざま腕で払おうとしたが、それより速くこめかみから後頭部を横薙ぎに切り裂かれる。
傷そのものは深くはない。だがつるつると流れる血が襟首から入って不快感を募らせる。髪を伝ったものは、早くも赤い水たまりを足元に作り始めていた。
「部屋の主か?」
男は答えない。
「ハッカーか?」
やはり男は答えない。
TVクルーはというと、いち早く物陰に身を隠し、カメラだけを覗かせながらリポートを続けている。幸いに通行人も少ない。
久遠は眼を細めた。
「それとも、コレクター?」
相手はパーカのフードを深くかぶり、バンダナで鼻から下を覆っている。垣間見える黒い目は、久遠の問いに、笑った。
二人の体格は同じぐらい。だぼだぼの服装で年齢は分からないが、肩幅の広さは男のものだ。右手には工業用らしい大振りのカッターナイフ。長く出した刃からは血が滴り落ちている。
久遠と男は同時に踏み出した。
襟に久遠の手が届く。男はカッターを振るった。黒いコートの袷が裂かれ、久遠はステップして離れる。男の首には、指の跡が残っていた。
男はせき込むのを無理矢理抑えると、カッターを久遠に向けたまま、反対の手を背に回した。そこから何かを投擲する。咄嗟に避けた久遠だが、背後から上がった悲鳴にほぞを噛む。ウォンリポーターが、職務に熱中するあまり二人に近づいていたのだ。
「大丈夫かっ!」
思わず振り返って、再び後悔した。後頭部にを切り裂く衝撃に膝をつく。新たな血の流れが首に溢れた。更に殴られ意識が遠のく。
髪を掴まれぐいと持ち上げられた。どんどん狭くなる視界の中で、ウォンリポーターが立ち上がるのが見えた。カッターは彼をかすめただけしい。カメラは相変わらず回り続けている。
「月日子さんッ!」
カツカツと響くパンプスの音。続けて太い声が響く。
「マズイ。非っっっ常にマズイぞ、月日子!」
李美銀とホクト・ラングだ。久遠が心配で結局戻ってきたらしい。銃を出そうとする李を制して、
「おい、取引しようぜ」
紫煙を薫らせながらラングが男を見る。
「一回だけ見逃してやる」
片眼鏡が昏く光る。
李は銃に手をかけたまま。
男は。
フードの下で三日月に瞳を笑わせながら、久遠の髪をずるり離した。どうと落ちた久遠を爪先で蹴って転がす。同時に男は走り去った。
「月日子さん! しっかりして!」
スーツが汚れるのも構わず、李は月日子を抱き起こした。ハンカチで傷口を押さえるも、ジクジクと赤い染みが広がってくる。
「ヤダ、もう……傷テープ、小さいのしかないよぅ〜!」
「傷テープじゃ収まらんだろ……」
ラングは久遠を覗き込むと、低い声で告げた。
「マーズTV、あっちゅー間に撤収したぜ」
ぴくりと久遠の瞼が動く。
「酷ぇ失態だなぁ、月日子?」
「ホクトさん、何もそんな事言わなくても……」
李には耳を貸さず、ラングは煙草を吐き出した。血に濡れた久遠の髪に煙がかかる。
「もうすぐ救急車が来るぜ。今度こそご帰還だ」
眼を開けぬまま、久遠は拳を握った。
[7.3]
救急車の中で、久遠は眼を醒ました。ベッドには横たわらず座って手当を受け、そのまま眼を炯々とさせている。
李は刺すような空気の中、久遠に話しかけあぐね、ラングはというと
「結構乗り心地、いいじゃねーか。ちょくちょく乗らせて貰おうかねぇ?」
「ヤダなあ、ラングさん。乗るって事は怪我するって事じゃないですか。使わないで下さいよー」
運転する救急隊員たちと軽口を叩いている。
李は、心から連盟への到着を待ち望んだ。
[7.4]
病院口に救急車が止まる。
久遠は自分の足で病院に入った。支える手を断られた李が、オロオロと後ろからついて来、ラングは悲しげな顔をしている。院内は禁煙だからだ。
「月日子」
呼び止められ、久遠が振り返ると、そこにはグラウエンとD・Dがいた。連絡を受けて待っていたのだ。
D・Dが駆け寄る。
「まったくもう、折角の顔が台無しですわ!」
ぷうっと頬を膨らませながら、久遠の顔にこびりついた血を白い手で拭う。
「月日子ーぉ、ご苦労様ぁ」
グラウエンがのほほんと迎えた。
久遠は少し笑うと、そのまま気を失った。
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・・・・伏線てんこもり(爆)。たたみます、これから風呂敷をたたみます!!(>_<)
うわーん 。・。(>_<。)・。 ←(笑)
自分はキャラクターのイメージが整わないとなかなか書けないタイプなので、
各人にモデルさんがいます。俳優さんだったり、この漫画家さんの描くこんなキャラ! と
勝手にイラストを想像したり(笑)。
「カーニバル」のキャスティング(?)で、自分で一番ウケているのがラング。
元ファッションモデル、現在は俳優さん。一般的には「いい男」なんですが、
演じる役柄がクドイというか、アクが強いというか・・・・・「怪演」に相応しいお方です。
さて、誰でしょう??
正解者には・・・月日子の性別をお教えいたします(爆)←いらねー!
華天 拝