Dream a dream,夢を夢見る毎日さ
ここには全て有る けれど何も無いんだから

[6]

[6.1]
 捜査官にミスは許されない。
 総てにおいて様々な特権を捜査官は持っている。だからこそ、一つのミスも許されない。
 そしてそれは仕事上だけではない。私生活においても、連盟と捜査官の名を貶める事は許されなかった。
 厳しい律と最高の特権。両方を併せ持つが故に、連盟に、捜査官に畏怖の念を抱かせることができるのだ。

 だから。

 だからここで退くことはできない。
 身を震わす事も、まして膝をついて吐く事などできるはずがない。
 久遠は頭を降ると、一歩前へ踏み出した。先に入った局員を抱え起こすと、後ろの局員へそっと送った。

「彼を頼む。それと、そろそろテレビも来るだろうが、部屋の中には入れないように」
「はい」
「絶対に入れるな。『久遠』の命令だと必ず言うように」
「は、はいっ!」

 普段、捜査官としての特権は交通手段分しか使わない久遠である事を、局員達はよく知っている。その『命令』を、局員達は背が凍るようにして聞いた。

 久遠は部屋に入ると扉を閉めた。
 暗い部屋に浮かび上がるのは、脳。ちょっとした場所を見つけては、そこかしこに据えられている。
 部屋の隅にある一群は、ボロボロと崩れて原型を留めていない。上半分が割り取られているものもあった。
 パソコンやその周辺にあるものは、きちんと保管(?)されてはいたが、あちこちに無数に孔が穿たれていた。針のようなものから、箸を突き刺したような太さまで、様々に空いている。
 一体何を刺した跡なのか、詳しく調べねばならない。だが久遠はどうしても調査の眼で以て彼らを見る事ができなかった。この中にあのコーヒーショップの店員もいる。

「一杯奢りますからサインください!」

 少女のようにきゃらきゃら笑った彼女。その時のコーヒーの味が、舌の上に苦く湧く。
 まして……剥き出しでいるそれらは、否応なしにある事を連想させる。

 D・Dを。

 柔らかな皮質に刻み込まれるのは0と1。眼前の脳に穿たれた孔と、それはどちらが罪だろうか。例え彼女がそれを望んだとしても。
 眼を反らそうにも周囲は総てそれだ。叫びそうになる唇を、久遠は必死で噛み締めた。

 メモ帳が震え始め、着信を告げる。
 取り出せばそこには、脳天気なグラウエンの顔が映っていた。

『あ、月日子ー? ホクト達にも連絡しましたから、もうすぐそっちに着くはずですよー。』
「わかった」

 不思議と気分が落ち着いた。ベテランのホクトが来るからか、それとも相棒のタイミングのおかげか。

『こっちはそいつの足取りを追ってみます。昔の勘が戻ってきましたし。もうちょっと、現場で頑張ってて下さいねー』

「わかった」

 通信を切ろうとした久遠は、ふともう一言付け加えた。

「ありがとう」

 だがグラウエン側が既に切れていた。用件のみの簡潔な通信を望む久遠に合わせた、いつも通りの事だったが。最後の言葉を聞きそびれたと知ったなら、グラウエンはどんな顔をするだろう。
 慣れない事はするものじゃないな、と久遠は苦笑した。


[6.2]

「久遠、いるか?」

 バタリと乱暴に扉が開く。テレビ局かと振り返った先には、同僚のホクト・ラングが立っていた。室内をぐるり見回して、ヒュウと口笛を吹く。

「ラング! 来てくれたのか!」
「来てくれたも何も……」

 レンズの右眼でウィンクする。190pを越す大柄でドレッド・ヘア、その上射撃スコープを兼ねた片眼鏡姿という甚だ怪異な容貌のラングだが、長いキャリアを持つベテランである。捜査官達の信頼が最も厚い一人であった。

「これぁ俺らのヤマでもあるんだぜ、月日子? 俺らが来なきゃ始まらねぇ……ってオラ美銀! とっとと来いや!」

 扉の外へ大声で怒鳴る。と、小柄な女が局員達をかき分けて走って……いや、間からヨロヨロと押し出されてきた。

「や、やっと、追いついた……はぁ…………ったく!」

 肩を大きく上下させ、だが美銀は上気した頬でラングを睨み付けた。

「どうしていつも行き先を言わないんですかッ! 命令は片方にしか来ないんですから、ちゃんと言ってくれなきゃ困ります! エアレール、三駅も乗り過ごしちゃって、あたし、走ってきたんですからねッ!!」
「あーはいはい」

 ラングはしっしっと手を振ってうら若い相棒を黙らせた。いや、呆れ果てた李が黙った、というのが正しいか。
 ふぅ、と一つ息を付くと、李は瞬時に表情を引き締めた。薄暗い部屋のどこを見ても脳。この異様な光景にも臆せずに、メモ帳を取りだして状況を打ち込んでいく。

「……にしても……」

 ラングは改めて部屋を見回した。

「集めに集めたり、だなこりゃ」

 あ、こりゃ不謹慎、と肩をすくめる。

「『電脳』ハッカーと殺人犯は同じ……と見た方がいいのかねぇ。月日子はどう思う?」

 久遠は少し考えると、慎重に口を開いた。

「グラウエンの追跡プログラムは、今のところ100%ハッカーを捕らえてる。だから、この部屋にいた人物が、『電脳』のハッカーである確率は高い」
「ああ。それにこれだけ脳だ。どこかの病院から盗んできたンでなけりゃ、殺人事件の犯人がここにいたって事だ。複数犯にせよ、誰かがどちらかに絡んでいる、確実にな」

 点けっ放しのディスプレイを、久遠は覗き込む。少し操作してみたが中身は空っぽである。逃げ出す前にプログラムの全てを消していったのだろう。こうなるとパソコンもただの箱でしかない。

「ハッカーは単独行動が多いと聞いた事があるが?」
「だとすると人数はそう多くは無いだろうな……三人、下手すると二人か? 連続殺人みたいな力技をする奴と、ハッキングなんて細けぇ作業が好きな奴とで、気が合うモンかねぇ?」
「ラングと李のように、似た者同士が組むのが常とは限るまい? それに麻薬は、ネバーランドはどこに行く?」
「オイ、今のは聞き捨てならねぇな」
「ネバーランドがどうか?」

 久遠の返事に、ラングは自分の額をぴしゃりと叩く。

「マジボケかよ? ネバーランドの前! 似た者同士ってどういうこったよ?」
「そうですよ月日子さん。あたしとホクトさんが似てるだなんて、幾ら先輩でも言っていい事と悪い事がありますよ!」
「そうだそうだ! ひどいぞ月日子!」

 久遠は首を傾げる。

「……似てるって」
「似てませんっ! ……って、それはともかく」

 李は掌を差し出した。白い手袋のその上には、小さな欠片が一つ。

「よく見てください……何だと思います?」

 欠片は焦げ茶色で薄い。乾燥しきっているらしく、誰かの僅かな吐息でもふわりと動きそうになる。

「ゴミ? ……うん、枯葉っぽいな」
「月日子さん、いい線いってます!」
「ンだよ、さっさと教えろよ」

 ラングに小突かれ、李は大げさに顔をしかめた。まあまあと月日子が取りなして、ようやく解決編発表となる。

「これはですね、月日子さんが言ったように葉っぱです。それも……」

 李は剣呑な笑みを浮かべた。

「ネバーランドのA」

 久遠は息を飲み、ラングは再び口笛を吹いた。
 ランクAは、最高級を指していた。


[6.3]
 到着した鑑識官達の作業により、ネバーランドの痕跡は葉が二片、種子が一粒発見された。久遠らが確認した後、厳重に封をされる。脳もまた丁寧に梱包され、他の証拠品と共に残らず連盟本部へ移送された。

 ベランダに出て煙草を吸っていたラングが、久遠を手招きする。

「いい景色だぜ」

 太い指の差す方を見れば、正しく夕陽の刻。人工太陽の光が徐々に絞られ、特殊アクリル製のドームに反射して、街を赤く塗っていた。
 太陽の落ちるこの一瞬、火星は本来の色を取り戻す。

「月日子さん、ちょっとお願いします」

 李に呼ばれ、久遠は振り返った。

「どうした?」
「脳が……多分データを移行する時にミスしたんだと思うんですが……」
「だからどうした、ハッキリ言いやがれ」

 ベランダから叫ぶラングを睨み返して、李は久遠へ向かって続けた。

「脳が、事件の数より……一つ足りないんです」









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当初のプロットと構成が変化してきてます(汗)。これはいいのか悪いのか・・・。
読者様(はぁと)からのご要望により、あらすじ&人物紹介ページを作ってみました。
読まなくても大丈夫な小説、を心がけていますが、何せ自分もいっぱいいっぱい(爆)、
自分のための覚え書き状態になること必死です(笑)。
ラングと美銀、書いてて楽しかったです。だって月日子しゃべらないんだもん(爆)。

華天 拝



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