ゼロと1。○と×。それだけで割り切れる世界がある。
それは此処ではないけれど。
[4]
[4.1]
火星都市がルナシティーより百年も後にできたとにわかには信じられない。月は研究・観光型、火星は住居型として開発されてきたから、観光用として洗練されているとは言い難い。とはいえ火星の都市デザインは、そこの住人よりも月や木星から不評を買っていた。
曰く、猥雑、と。
数百年前、地球からようやく見えた赤い星。
今、同じ場所からもう一度望遠鏡を覗いてみれば、今や大地のほとんどはアスファルトとアルミ板によって青黒くくすみ、ネオンサインが悪趣味に光る。五十近いドーム型都市が泡のようにへばりついているのがわかるだろう。
都市は互いにエアチューブでつながれ、管の中はシャトルバスが往復する。透明なチューブの向こうには未開の赤い荒野が見られ、各都市から趣向を凝らした観光バスが出ているという。
ひしめく泡の中央、一際大きな泡に、連盟の火星本部がある。その中に、久遠とグラウエンは居た。
そして「犯人」もまた。
[4.2]
男はパソコンのスイッチを入れた。起動音を聞きながら、机の正面にピンで留め付けていた写真をなぞる。
美しく弧を描く眉。理知的な藍色の双眸。ゆったりと微笑む薄紅の唇。
奴らにはもったいない。
誰よりも早く俺が手に入れる。
極上のエモノ。
ディスプレイが、青く光った。
[4.3]
最寄りのエアレールに飛び乗って、二人は連盟の本部へ駆けつけた。ガツガツと靴音も荒く走り込む二人に、職員は大慌てで道を開ける。エレベーターで一緒になった新卒採用の職員は、『久遠』と『グラウエン』を間近にした感動よりも、焦り……というより殺気に似た雰囲気に押され、一秒でも早く扉が開くのを願った。が、生憎その職員の向かう先は、二人よりも上の階だった……。
半泣きの職員を置き去りにして、二人はエレベーターから猛ダッシュで走り去った。
駆け込んだ先は、局長室の隣りの応接室。扉を開ける音も荒々しく、
「D・D! 危ないじゃないか! 一体何しに来たんだ?!」
「あなたが『電脳』ですか?! 捜査官のリチャード・グラウエンです! ああ、なんて光栄なんだろうっ!!」
客人を取り囲み、それぞれに叫んだ。
次長のスペクターは怒りと恥ずかしさに禿頭のてっぺんまで真っ赤に染め、紅茶を運んできた新人職員は上司を見て噴き出した。銀盆の茶器がカタカタと細かく震える。
しかし当の中心人物は、久遠とグラウエンのわめき声も茹で蛸状態の次長も、そよ風程にも感じていないらしい。
「あ、こぼれますよ」
と新人職員のトレイをゆったりとした手つきで支え、自ら紅茶をテーブルに置いた。ありがとう、と礼を言った途端、新人の頬が薔薇色になった。帰る足取りが微妙にふらめいている。しかしそれには目もくれず、一人でさっさと紅茶を飲み始めた。
「あら?」
初めて気付いたように彼女は周囲を見回した。
「座らないのですか? さあ、早く会議を始めましょう?」
スペクターは汗を拭き拭き、グラウエンは嬉々と、久遠は溜息をついて椅子に腰掛けた。
D・D……眼前の女性は、連盟職員のみならず、火星の全ての住人から敬意と畏怖を込めて『電脳』と呼ばれている。元もと星界に名を馳せた科学者で、自ら企画したあるプロジェクトの被験者でもあった。その実験の繊細さ故、彼女が例え連盟の建物内でも、たった一人で出歩く事など皆無に等しい。
だが今日のD・Dは、一人きりだった。
「今日は月日子とリチャードにお願いがあって来たんです」
D・Dが藍色の瞳を二人に向ける。グラウエンはぱっと笑顔になった。
「僕を名前で呼んでくださるんですかッ!」
「……ぼく……?」
久遠とスペクターが呆と呟いたが、グラウエンは聞いちゃいなかった。そしてD・Dも。一見、怜悧に見える秀麗な顔を破顔する。
「ええ、もちろん。宜しければ、私の事もD・Dとお呼び下さいな」
「えええっ!? いいんですか!?」
両手を胸の前で組み合わせ、キラキラと目を輝かせたグラウエンに、一発いいのをプレゼントしてから、久遠はじろりとD・Dを睨んだ。
「で、何? 火星の至宝がわざわざ来るなんてどんな用件なんだ?」
「至宝、だなんて……私はそんな大層なのではないわ。ただの記憶装置よ」
微妙に違う論点で、D・Dは返し、久遠はまた溜息をついた。
二十四世紀。
人類は遙か昔に地球を飛び出し、既に月・火星そして木星の衛星へと進出していた。生活の大部分の情報を、全てコンピュータで管理している現在、その莫大な情報量を何処にしまうか、が課題となっていた。
長年、科学者たちの間で秘やかに、本当に極秘裏に理論が研究されていたのが、
人間の脳の、未使用部分をコンピュータの記憶媒体とする。
という方法だった。本末転倒とも言えるその理論を完成させ、そして自らをその実験台としたのが、D・Dである。
理工学、生物学、生体機械学、通信技術ほかあらゆる学問の髄を集められ、若き天才博士ダイアナ・デプスは、コードネーム「D・D」となった。
「そうそう、お願いがあるのでしたわ」
紅茶をまた啜ってから、D・Dはぽんと手を叩いた。
「情報局の連中じゃなく、こっちでいいのかい、捜査官で?」
久遠の問いに、D・Dはもちろんですわと頷いた。
「端的に言うと、二人に私のボディーガードをして頂きたいんです。こればかりは、捜査官でないと勤まりませんから」
「……というと?」
D・Dの瞳が曇る。
「私は、ハッキングされています」
[4.4]
廊下がガヤガヤと騒がしくなった、かと思う間もなく、情報局の職員が十数名、応接室へ駆け込んできた。わらわらとD・Dを取り囲み、青くなったり赤くなったりしながら彼女の状態をチェックする。
「こないだちょ〜っと『ド忘れ』しちゃったの。以来こんな調子よぅ。プログラムのバグはとっくに片付けたのに」
D・Dはカラカラ笑い、心配げな職員たちと共に帰っていった。
だがその極上の笑顔も、久遠とグラウエンの中に焼き付いた暗い陰を落とす藍色の瞳をぬぐい去ることは出来なかった。
D・Dのデータ送受信システムには、何重にも「壁」が張り巡らされている。それが日々崩されかけてきているという。今は未だ「壁」製作のスピードが勝っているが、追いつかれるのも時間の問題らしい。
ハッキング場所の確定と同時にそこを急襲できる者、という事で、久遠とグラウエンに白羽の矢が立ったのだ。
「……じゃあ、殺人事件の方はどうするんです? 幾ら自分たちでも、掛け持ちはキツイですよ」
紅茶の皿を片付けながら、グラウエンが尋ねる。相変わらずのほほんとした口調で。
「本日ただいまを以てお前たちの担当は終了。後任はホクト・ラングと李美銀だ……」
スペクターは同僚の名を二人告げた。ベテランのラングと新人きっての才媛である。
「不服そうだな、久遠。それとも人選が不安か?」
「いえ……」
「情報局からそれはそれは丁寧な依頼状が来ている。何より『電脳』直々のお出ましだ。俺には断れんよ」
「いえ……」
久遠は頭を振った。
「ただ、……ただ、巡り合わせの妙を感じて居るだけです……」
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脳味噌、好きです。
体重のかなりの重さを占めているのに、実際使ってるのは数割、じゃあ残りは何をしているところなの? っていうところや、
無意識や有意識に絡んでくる思考や神経の伝達速度とか、人類の進化の度合にしたがって、発達している部分も違うトコとか。
ということで、私のSFバナシは脳味噌ネタが多いのです。
もちろん、形も好きです(笑)。
広がる謎! ますます畳めなくなってきた風呂敷!(死)
連続殺人事件はどこへ行った?! ハッキングはどう繋がる!?
グラウエンは?! D・Dは!? そして月日子の性別は!?(爆)
どうする、どうなる、「カーニバル」!?
・・・・・・文庫本1冊分にならないことを祈って下さい(^_^;)
華天 拝
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