現場検証を終えた久遠とグラウエンは、暮れ始めた街の中を歩いていた。
連盟の捜査官は各々一台以上の移動機が支給されているが、二人とも……いや火星の捜査官の大半はそれを使ったことはない。事件が頻発する繁華街では、かえって邪魔になるだけだからだ。
ドームの壁際、通称「辺境地区」へ行くには、捜査官のIDカードを示せば全ての交通機関を自由に利用できるし、網の目に張り巡らせたバスレール(地上電車)とエアレール(空中電車)を組み合わせれば、先程の現場から連盟本部までは十五分とかからない。
だが久遠は途中の駅でエアレールを降りた。その理由が、
「確かこの駅の近くに、テレビで紹介されてた店があったはず」
呆気に取られたのはグラウエンの方だった。
「月日子からそんな言葉が聞けるとは……いやはや、六年もコンビを組んでいた甲斐がありました……」
「二十六の男が泣き真似をしても可愛くないぞ」
言い放つと、久遠はすたすたと雑踏を歩き始めた。慌ててグラウエンも後に続く。
火星の街を彩るネオンの看板は、まだ夕刻とあってその鮮やかさを見せていない。しかし一度点れば我が我がと激しく主張する。名物でもある派手な電飾看板だが、中空をパズルのように隙間なく埋めていては、看板の店が一体どれなのか、観光客にはわからないことだろう。
目当ての店を探し出し、行列に二人は加わった。香ばしいコーヒーの匂いが辺りに漂っているが、店内に入るにはもうしばらく待たなくてはならないだろう。
「こういう流行りものに興味があったとは意外ですね。そんなにコーヒーが好きでしたっけ?」
「まあね」
久遠はまんざらでも無いような風に笑ったが、ウィンドウから店内を覗く目は鋭いままだった。窓飾りの隙間から覗き込んだ店内は、大勢の客でごった返している。
グラウエンは久遠の視線をたどり、
「あ、ほらメニューが見えますよ、月日子。オリジナルブレンドが一番人気だそうですけど、他のも美味しそうなのがいっぱいですねぇ」
その先にあるものに気付いた。
洒落たカウンターの一つに、ストローをくわえている少女がいた。隣りには会社員風の男が腰掛けている。男は鞄から小箱を取り出すと、間のテーブルに並べ始めた。箱は全部で十個。アクセサリーが入っていそうな小ぶりの可愛らしい包装ばかりだ。
少女は小箱全てをバッグに詰め込むと、ニッコリと微笑んだ。
まるで、というより若い女の子に入れあげる中年男そのものの光景。連盟の捜査官が注目する程のものではない……小箱にピンクのリボンがかかっていなければ。
「どうします、月日子?」
カフェオレとエスプレッソ、どちらにしようかといった表情で、グラウエンが尋ねる。
「仕方ないさ、毎日こんなものだから。焦った所で得物が逃げる訳じゃない」
行列の長さに呆れたように久遠が返す。
「ここの店は『そういうトコロ』さ」
どうやらこの店は、ネバーランドの「卸し」と「売り手」が取引するためによく使われているらしい。目を凝らせば、他のテーブルでもピンクのリボンの小箱を「プレゼント」しあっている。
グラウエンは小さく肩をすくめた。殺人事件の手がかりに、と考えて久遠はここへ来たようだが、こうも普通であってはかえって手が付けられない。
列が進んで、二人は店内に入った。久遠はオリジナルを、グラウエンはエスプレッソを頼み、空いている席に腰掛ける。白と緑を基調にした、清潔感溢れる店内だったが、客の服装は黒いコートが多い。ドーム内が「冬」の季節設定となり、寒いせいもあるが、何よりの原因は久遠その人だろう。
久遠とグラウエンが担当した事件のほとんどは、詳しくTVで報道されている。しかもまるでヒーロー物のような作りで放映されるため、下手なドラマよりも視聴率が上がるのだった。先日手がけた事件で、久遠は黒いロングコート、グラウエンは生成りのダッフルを着ていたがため、巷では似たようなコート姿の男女が溢れる事となった。おかげで火星中に顔を知られている久遠とグラウエンが、サングラス一つ掛けるだけで目立たなくなるのであるが。
熱いエスプレッソをふぅふぅと冷ましながらすすっていると、
「ウエイトレスだった、ここの」
突然ぽつんと呟いた久遠に、グラウエンは首を傾げた。
「誰がですか?」
「今日のあの女性だよ」
グラウエンは目を見開いた。
「マーズパシフィック社の電話交換手だったはずですが……」
「バイトだったみたいだ。エプロンが違っていた。夜遅くに何度か来たことがあって……私が連盟の久遠だと分かったら、子供のようにはしゃいでね……お前の、」
久遠はグラウエンを少しだけ見て、すぐに目線を店内に戻す。
「いや、何でもない」
そうですかぁ、と間抜けに返して、グラウエンはエスプレッソをすすった。彼にしては被害者の生活が垣間見えた事よりも、久遠がこの流行りの店へ通った事の方が重大かつ衝撃的だった。
生活感をほとんど感じさせないパートナーだったが、グラウエンは気に入っていた。3歳とはいえ年長者を捕まえて「お気に入り」は無いだろうが、グラウエンは友人たちにそう言っていた。
久遠と組みつつも他の捜査官と共に捜査した事が何度かあったが、やはり久遠が一番やりやすかった。長年組んでいて互いの呼吸が分かっている、というのもあるが、最大の理由は互いに
おかしな表現だが
自立している事だった。
久遠もグラウエンも、それぞれ単独で動ける能力を持っている。二人で居るのは上からの命令もあるが、行動のバリエーションが広がる為だった。
ふと久遠が内ポケットに手をやった。着信を受け、細かく振動しているメモ帳を取り出す。フラップを開けた途端に、
『久遠、どこをほっつき歩いている! グラウエンじゃあるまいし、さっさと帰って来いっ!』
司法局次長のウォルト・スペクターが画面いっぱいに怒鳴っていた。
「酷いなぁ次長、グラウエンじゃあるまいし、ってどういう意味ですか?」
脇から久遠の手元を覗き込み、グラウエンが抗議する。その声を聞いてか、店内の視線が一斉に二人に集まった。
グラウエン……? と。
『どうもこうも、そのままの意味だ、グラウエン。とにかくとっとと帰って来るんだ!』
「そう怒鳴らないで下さい。ここで人目を引いてしまったら、簡単には帰れなくなります」
慌てて小声にするグラウエンからメモ帳を取り返し、久遠は画面の向こうへ尋ね返す。
「何か新しい情報が入ったんですか?」
『いや、それはもう関係ない。お前たちは明日付けで担当替えになる』
突然の言葉に、久遠もグラウエンも二の句が継げない。だが構わずにスペクターは続けた。
『そんなことはどうでもいいんだ。お前らにな、』
「待って下さい、次長! どういう事ですか!?」
『それは戻ってからだ。だから早く帰れと言っているだろう? それよりも何よりも、』
スペクターは居住まいを正し、画面から二人をぴしりと見つめた。
『情報局から「電脳」が来ている。お前たちに会うために』
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理々子ちんに「10回じゃあ終わらないね」とにこやかに予言されてしまったある冬の日。
空からは雪がひらひらと舞い落ちてきて、私の頬の涙を凍らせるのでした・・・。(オイ)
長い物を書くのはホントに久しぶりなので、ペース配分がまだ掴めてません。予定よりも進行が遅いです・・・。
あーもういいや、とにかく書いちゃうことにします!(てへ♪)
前回までの背景がかなり眩しかったので、少し灰色っぽくしてみました。本編とは全く関係ありません(爆)。
ちなみに「カーニバル」では、今まで他の作品で表(テーブル)の中に文字を入れていたのを、
右半分に空の表を置いて、こう、文章を右から押すような形にして体裁付けてます。
あまり長い文を表に入れると表示が遅くなるから、と聞いたので・・・。少しは動作が軽いですかねぇ??
華天 01/01/22
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