飛ぶ方法を知っている?

[2]
 美しい女だった(死んでいても)。青い瞳は大きく(見開かれたまま)、長い長い金髪は絹糸のように細い(血に固まって束になっていたが)。

「平等、ね」

 久遠が吐き捨てるように言う。
 死体は、髪の生え際をぐるりと一周残し、そこから上の部分はぱっくりと赤い空洞を開けていた。今までのものと全く同じ様相である。

「今回はどう?」
「それが、やっぱり手口以外は何とも言えませんね……」

 自信の無い口振りで鑑識官が答える。年齢・性別・人種を問わないこれら一連の犯行は、被害者の生活スタイルもまた雑多なものであって、決定的な共通項が見つかっていなかった。

「分析待ち、か……」

 久遠は白い息を吐いた。煙草の煙のようなその先で、グラウエンがブルーシートをかけ直す。

「待たなくたっていいですよ、月日子。共通項はあります」

 驚きと期待を込めた久遠の視線に、グラウエンは自信たっぷりに頷いた。

「共通するのはクスリ、ですよ。全員薬物中毒です」
「クスリ……」

 しかし久遠は呆れたように首を振った。

「薬物中毒なんて、火星どころか月でも木星でも今や常識だ。サラの人間を探す方が難しいさ。取りたてて……」
「ネバーランド」

 グラウエンの告げた言葉に、久遠はピタリと唇を止めた。

「被害者は複数の薬物を混合して使用してます。でも、誰にも共通しているのが、ネバーランド、ですよ」

 立ち上がり、膝の雪を払うとグラウエンはコートのポケットからメモ帳を取り出した。ゲーム機のように操作していたが、目当ての情報を引き出したらしい、パッと表情が明るくなる。ほら、と久遠へメモ帳を差し出した。

「八件がネバーランドだけ、十七件が他のクスリと掛け持ちの中毒者です。今回の被害者も、こめかみとうなじにネバーランド特有の斑点がありましたし」
「残りは? ネバーランドのネの字も無いじゃないか」

 突き返されたメモ帳を、更にグラウエンは操作した。切り替わった画面を再び久遠へ見せる。

「ここんとこ、見て貰えます?」

 薬物、という項目の中、幾つかの麻薬の名称の中に色を変えて『フラジール』と『ファム・ファタール』があった。どちらも星系で流通している最高級の合成麻薬である。

「この二つをある割合で混ぜると、ネバーランドと同じ症状が得られるんですよ。残りの人たちは、みんなこのタイプです」
「まさか。フラジールとファム・ファタールを買えるなら、ネバーランドが倍以上買えるじゃないか」
「うーん、だから俺もなかなか言い出せなかったんですよねえ。高い金を払って、安価なクスリと同じトリップを味わうなんて、って思ってましたから」

 でもねえ、とグラウエンは肩をすくめた。

「麻薬班の連中に聞いたんですけど、高いクスリだからって事で、単純に組み合わせて使う奴も多いらしいですよ?」
「……ネバーランド、か……」

 久遠はメモ帳のフラップを丁寧に閉じると、グラウエンへ返した。

「その線から探ってみよう」


[2.1]
 麻薬「ネバーランド」が火星に流行し始めたのは、ここ数年の事だ。

 中毒者は、過去のどんな麻薬よりも多いと言われている。なのに一向に取り締まることができないのは、ネバーランドの流通が激しすぎ、捜査が追いつかないせいだった。一月に数百人もネバーランド中毒者が検挙されている。だが中毒となる限界量は、今まであったどんな麻薬よりも少なかった。

 服用すると(注射でも吸引でも何でもよいが)、すぐに頭の奥が快くしびれ始める。五分ほどで、弾けるような高揚感と飛翔感がやってくる。それは「今までに覚えのない、例えようもないほど素晴らしい感覚」であったり、「お伽話の主人公のような気分」になるという。(いずれも重度中毒者の証言による)。

 ネバーランドは火星だけでなく、月都市(ルナシティー)と木星衛星都市(ユノサテライト)でもこの数年で急激に流通し始めた。症状は勿論の事、今までの薬物より安価で手に入り、トリップ量も少しで済むという「お得」観があったためだ。住民の半数以上が何らかの麻薬を投与している火星では特に、あっという間に広がった。

 特別に栽培された芥子の花から作られる、という事しか知られていないネバーランド。そのその普及率は、今では連盟の司法局でさえ気に止めない程になっていた、情けない事に。


[2.9]
 若者が一人、路地裏で煙草を吸っていた。二十代半ばぐらいだろうか。せわしなく周囲をうかがっている。足元には既に十数本の吸い殻が落ちていた。
 加えていた煙草をぷっと吐き捨て、靴の裏で消す。新しい煙草に火を付けようとしたとき、ふとあげた顔がパッと輝いた。

「待ってたよ、遅かったじゃないか!」
「悪ィ。でもこっちだって忙しいんだ。勘弁してくれよ」

 駆け寄った相手はゲームセンターにでもいそうな少年だった。まだ十四、五歳程だろうが、横柄な態度で若者の腕を払いのけた。

「それよりアンタ、金、持ってきたんだろうな?」
「勿論だよ! ほら、これ……」

 尻ポケットから皺だらけの札を出して差し出す。面白くも無さそうに少年は受け取ると、慣れた手つきで数え始めた。

「うん……OK」

 少年はリュックを下ろすと、中から小箱を取りだした。チョコレートでも入っていそうな可愛らしいラッピングが施されている。
 少年が差し出すよりも早く、若者はそれを奪い取って、ラッピングを解き始める。

「止めろよ、ここじゃマズイよ。僕が居なくなってからにしてくれよな」
「わ、悪い。でも我慢出来なくて……」

 じろりと睨んで、少年はリュックを背負い直す。

「ま、いいけど……僕は行くから」
「また今度も頼むよ、なァ!」

 いいよ、と少年は笑う。

「けど、最近相場が上がってきたんだ。今の量が欲しいなら、もう少し余分に金を用意しといて」
「何だよそれ!?」

 当惑する若者を残し、少年は雑踏に紛れた。


 ピンクのリボンが掛けられた小箱。
 それはネバーランドの「印」だった。



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まだ「謎まき」中です。もう1、2回続きそうです(爆)。
その上、ここが何処であるかという明確な提示が為されていない気が・・・(汗)。
もうしばらく「謎まき」&「説明」が続きますが、ご勘弁を。
それはそうと月日子の性別ですが、どっちがいいですか?(オイ(笑))

 華天 拝


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