子どもの頃に見た花は
今でも同じ色かしら



[18]

[18.1]
 イルミネーションが全て消え、辺りは闇に包まれた。しかし人々はそれを奇妙に思うことはなかった。同じように彼らの意識もまた落ちていたからだ。

 暗闇の中、夜光花だけが淡やかに光を放っている。人々が自らに飾ったものだ。動くものは何もない。幻想的とすらいえる光景だった。

 それを、満足そうに見つめている者がいた。
 D・Dである。赤い夜光花のオーラを纏いながら、美しい顔を歪ませるように微笑んでいた。

「綺麗だなぁ……動くものが居ないと、街も古代遺跡のようだね。そう思わない?」

 D・Dの視線の先には、久遠がいた。この惨状の中で、久遠とD・Dだけがしっかりと立ち、互いを見つめ合っていた。久遠は、頬の傷から垂れる血を手の甲でぐいと拭った。

「ラッキーだね、月日子。トランス直前に目が醒めるなんて。運も実力のうちってやつだかな」
「D・D……これは君がやったのか?」
「ははっ、D・Dだって? 何言ってるのさ、月日子。わからない? それとも覚えてない、と訊いた方がいいのかな。もしくはこう言おうか、」

 藍色の瞳がすぅっと細くなる。

「ハッカー・アレスは、火星の電脳をジャックした」


[18.2]

 「アレス、だと!?」

 久遠は驚愕した。

「D・Dを離せ! 姿を見せるんだ!」
「嫌だね、これが俺の方法だ。俺はこうでしか生きられない。それに俺はもうすぐ死ぬ。少しぐらいはいいじゃないか」

 アレスがくつくつと肩を震わせるたび、赤いオーラはゆらゆら揺れる。

「ああ、本当に久しぶりだね、月日子。火星の人気者になったみたいじゃないか。良かったね、君は昔から淋しがりやだったから」

 久遠は眉をひそめた。過去に携わった事件に、アレスが関係していたのか? しかし思い出せる記憶に彼のデータは無い。
 アレスは苦笑しながら溜め息をついた。

「その様子じゃ、月日子は昔のことを全然思い出せないんだね。D・Dの『訂正』は完璧か……いやこの場合、ドクターがすごいと言うべきかな」
「『記憶の訂正』を知っているのか?」
「知っているのか、だって!? 本当に完璧だ、ドクターは間違ってなかったって事だ!!」

 アレスは身を折って笑った。纏うD・Dのドレスが大きく揺れる。

「いいかい、月日子。電脳候補の子どもは二人居た。一人はこのダイアナ、そしてもう一人が俺だったんだよ。アレス・アドマイヤ、たった今火星の電脳をジャックしているこの俺だったんだ」

 お笑いだろう、とアレスは怒鳴るように笑う。

「俺も記憶を訂正されていたのさ。ネバーランドのハッピー・バックで思い出すまで、すっかり忘れていたさ。月日子、君もやるかい? 全て思い出せるぜ、忌々しいぐらいにな」

 傲慢な動作で手招きする。

「来いよ月日子、こっちに上がれ。そこじゃどうも具合が悪い」

 久遠は眉をしかめた。山車との間には気絶している人々が折り重なっている。アレスは久遠のその様子に肩をすくめた。

「深く気絶してるから、痛みなんて感じないよ」
「いつ目を醒ますんだ」
「ダイアナが起きたらね」
「D・Dはいつ起きる」
「俺が死んだらね」

 ニヤリと笑う。

「焦らなくても大丈夫さ。さっき言ったろう、俺はもうすぐ死ぬって。だからこいつらもすぐ起きるよ。僕のこのカーニバルを覚えたまま、ね」

 アレスは指を銃のように作り、その仕種に久遠は最悪の直感をした。表情から見て取ったのか、アレスは再びにやりと笑い、ゆっくりとこめかみへその「銃口」を当てた。

「そう、システムは破壊する」


[18.3]

 電源が落ちて十数分が経っていたが、連盟本部には一向に灯りが点らなかった。予備電源はあれど、それを司る肝心の『電脳』がダウンしたままだったからだ。蓄電池を備えている機器もあるが、この「停電」がいつまで続くのか見通しが立たぬが故に、最小限の機器だけが稼働していた。

「美銀ー? みーうぉーーーん? 早く返事しろー、バッテリがもったいねーよ」

 暗い部屋の中で、ラングはメモ帳に呼びかけていた。なかなか応答が来ないのは、少し前の口論のせいならいいのだが、窓の下に広がるあの惨事の中にいるのではと思うと焦りが出てくる。

「だあっ! とっとと出ろ!!」
『うるさいです、ホクトさん! バッテリがもったいないじゃないですか!』

 メモ帳からびりびりと響く李の声に、漏れ聞いた周囲がぷっと噴き出した。一人が、

「李捜査官、無事のようですね」

 笑いをかみ殺しながら言い、ラングは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「あー、無事ならいい。まだマーズTVか?」
『はい。あ、あの……ちょっと代わりますね』
「代わる?」

 眉をしかめたラングの耳に、聞き慣れた声が届いた。

『ホクトさーん』
「お、お前ぇリチャ……リチャードか?」

 ホクトは慌てて声をひそめる。世間的にリチャード・グラウエンは死んでいるのだ。

『そうでーす。ご無沙汰してましたー』
「馬鹿、何のんきに挨拶してるんだ、生きてたのかよ馬鹿!」
『うわぁ、そんなに馬鹿バカ言わないでくださいよ……』
「うるせぇバカ! そんな事言ってられるんなら、一応は大丈夫なんだな?」
『はい、一応は』

 ホクトは息を吐いた。どんな状態かは知らないが、そばは李もいる。惨事に手をこまねいているだけの今は、彼らの無事が何よりの安心事だった。

『それでですねぇ、一つお伺いしたいことがあるんですけど?』
「おう、なんだ。今だけなら何でも聞いてやるぜ」
『あのですねぇ……』

 少し間が空く。グラウエンは息を整えてたようだった。

『僕がこれからものすごーい犯罪を犯したら、やっぱり僕は捕まりますか、死んでても?』


[18.4]

 アレスは久遠へ再度手招きをした。

「来いよ。今道を造ってやるから」

 そして招いた手をひらりとひねる。と、気絶していた人々が起き上がった。はっとして久遠は彼らの顔を覗き込んだが、果たして気を失ったままである。

「シンク・ブレインの応用だよ。少しだけ脳を開放して起き上がらせたんだ」

 文字通り崩れるように人々はまた横たわり、久遠の前には一本の道が出来た。

「こいつらが目を醒ます前に、お前が踏んだ事ぐらいは訂正してやれるけどな。お前がこいつらを踏んだことも。けど、ご立派な捜査官にはそれも嫌なんだろう?」

 答えず、久遠は歩を進めた。花道、そんな言葉が頭に浮かぶ。私はこの道を通って、何処へ行くのだろう。そう思いながら、コートの内側を確かめる。固い銃の感触を得て、初めて無意識の行為に気付いた。D・Dを撃てぬのに銃を確かめてどうなろうか。

 飾られたイルミネーションはまだ熱を保っていたが、素手で掴めない程ではない。幾つかを踏み潰してしまったが、久遠は山車をよじ登っていった。

「こいつらは皆バカだ」

 アレスの呟きがぱらりと降ってくる。

「造り込まれた人間を、女神と崇めている」
「それで気が落ち着くなら、時には信仰も必要さ。捜査官を『絶対』に仕立てあげるようにね」

 言って久遠は、アレスが待ち受けるバルコニーへ辿り着いた。

 D・Dはやはり美しかった。暗がりの中で夜光花が彼女の陰影を更に深くする。その顔が笑った。彼女が今まで見せたことのない笑顔で。

「改めて自己紹介だ。俺はアレス・アドマイヤ。ともすれば『火星の電脳』と呼ばれていたかもしれない男さ」

 電脳候補は複数いた、という噂は常にあり、地下ネット界では選ばれなかった者の去就がまことしやかに語られている。薄くスライドされた脳が連盟の金庫に隠されている、とか、ドームの外の荒れ地に怖ろしく頭の切れる人間がいる、などである。
 誰も信じていなかった真実が、今、目の前に現れた。

 そして。
 久遠は眩暈を覚えた。
 彼が、アレスが電脳候補であったなら、幼い久遠とも面識があったということだ。そして自分はそのことを覚えていない、一つも。

「月日子」

 アレスの声に、反射的に顔を上げる。その目を素早く捕らえて、アレスはじっと彼女を見つめた。しかし口を開いたのは久遠の方だった。

「何故こんなことをする? お前も候補だったとはいえ、電脳に選ばれたのはD・Dだ。今更妬んでいるのでもあるまい?」

 くくっとアレスは苦笑した。歪んだ唇が小さく呟く。

「……不公平だなぁ。俺ばっかりが昔を思い出してる」

 白い手が、久遠の黒髪にからみつく。

「月日子、お前の記憶に触らせろ。なにもかも全部思い出させてやる」

 ぱん、とそれを払い、久遠は背を伸ばした。

「D・Dに復讐でもしているつもりなのか?」
「復讐……月日子にはそう見えるのか。俺はそうじゃないつもりだけどね」

 払われた手をひらひらと動かして、アレスは肩をすくめた。

「何故D・D……ダイアナ・デプスが選ばれたか分かるか? ブレイン・データベースもシンク・ブレインも、俺とダイアナの適合率は殆ど同じだった。当たり前だ、その為に選ばれた遺伝子なんだから。けどな、」

 アレスは続けた。

「ダイアナは選ばれたんじゃない。最初から決まっていたんだ。俺はただの当て馬だったってわけさ」

 別々に育てられていた二人の子ども。ライバル意識を持たせることによって、より深い能力の発達をもたらそうとしたのだ。二人とも才能は同じだというのに。

「研究所にいた奴らの大半は、あいつの能力を高めるためだけに用意されたんだ。いい例が俺と、お前さ」
「私も……?」

 自分に関心を持って欲しい。ドクターの子どもよりも、同じ才能を持つ者よりも。そして誰よりもドクターに、自分を見て貰いたかったのだろう。そしてその性格のままに、ダイアナは才能を開花させていったのだ。

「そうさ。お前は『ドクターの子ども』だからな。何もしなくてもダイアナはお前に嫉妬した」

 久遠は我知らず耳のピアスに手をやった。幼い日、友がくれた大切な宝物なのに、とても冷たい気がする。これをくれた時のダイアナの笑顔に、嘘はなかったはずだ。それともそれすらも失われた記憶の上に「こうだったはず」と何度も思い描いた想像の記憶なのだろうか。

「シンク・ブレインは素晴らしいな。美しい思い出すら跡形もなく消す。ドクターは最高の科学者だ」

 久遠の思いを見抜いたのか、憐れむようにアレスが言う。

「そして最低だ」

 久遠はピアスから手を下ろし、アレスを見つめた。白いダイアナの両手を伸ばし、アレスは久遠の頭をそっと包み込んだ。

「月日子、お前は昔、酷いネバーランド中毒になった。覚えてるか? 回復したものの、生活記憶さえ無くして大変だったんだ。少しずつ元に戻っていったけど、最後の最後まで思い出せなかったのが、ダイアナを思い出さなかった」

 それがネバーランドの副作用。幼い「ツキヒコ」が「ダイアナ」を思い出さなかったがために、方向付けられてしまった効果。

「お前が『記憶の訂正』を決定付けてしまったんだぜ」

 久遠の全身から血の気が失せ、強烈な眩暈が彼女を襲った。しかし告げられた事実への衝撃ゆえのものではない。おかしい、と気付いたときにはもう手遅れだった。

 ニヤリ、とアレスが笑う。久遠の頬に触れることで、覚醒したままの彼女の脳へ強引に侵入したのだ。

「覚えてないだろうな、月日子。ダイアナに組み込まれたシンク・ブレインの、最初の被験者は……」

 火星全土からの情報を収集し整理するデータベース・ブレイン。それを応用すれば、一点から情報を発信することもできるのではないか。更に深めていけば、一定の情報を流すことにより、事実を『作る』事さえも。

 薬で均した脳に、上位からの強い脳波によって相手の感情や記憶をコントロールする。小さなアイデアは最高の頭脳によって予想より遙かに大きくなっていった。

 朦朧としていく意識の中で、久遠はアレスの声を聞いた。

「最初の被験者は、月日子、お前だったんだよ」



[18.X]
 ベッドの上のダイアナは青白い顔で眠っていました。

 頭に巻かれた包帯の下には、あのきれいな金髪はありません。手術のために剃ってしまったのだそうです。私は黒髪なので、いつもダイアナをうらやましく思っていましたが、何だかかわいそうな気がしました。

 アレスもそうなるのかなと思いました。ダイアナとアレスは同じ手術を受けるそうです。お父さんが言っていました。アレスも髪の毛を剃ってしまうのかもしれません。アレスは赤茶色の髪ですが、きれいにとかすとあかがね色に輝きます。もったいないなあと思います。

 ダイアナもアレスも、火星に役立つことをするのだそうです。手術はそれのために必要なのだそうです。

 でも私は、二人があまりえらくなると困ります。私の友だちはダイアナとアレスしかいないからです。

 私は研究所の外にあまり出たことがありません。お父さんの学会についていったり、他のドームの研究所に行ったことはありますが、どこも大人しかいないので、子どもの友だちは二人以外いないのです。

「えらくなっても私と友だちでいてね」

 と、私は眠っているダイアナに言いました。


 アレスの手術は、ダイアナが目をさましてからすることになりました。私とアレスはダイアナの病室に毎日おみまいに行きます。手術から五日経ちましたが、ダイアナはまだ起きません。いつでもすぐに三人で遊べるように、私たちは本やゲームをたくさんダイアナの病室に運びました。

 ある時、私は一人で病室にいました。廊下から足音がします。アレスだと思った私は、驚かそうとベッドの下に隠れました。けれど入ってきたのは、ダイアナの検査をしに来た人たちでした。

「あら、今日は二人とも来ていないのね。珍しいこと」

 看護婦のシーラさんです。

「そうだね」

 お父さんの助手をしているセオドアさんです。

「この子も、あの子たちも、このままプロジェクトが進んだら、少しずつ寂しい想いをしていくのかな」
「優しいのね」
「何年も一緒にいたら、さすがに情が移ってくるよ」

 セオドアさんがベッドのそばで立ち止まったので、私は息が聞こえないように口を押さえました。

「……ねぇ、あの子、このまま成長すると思う?」
「アレス?」
「いいえ、月日子ちゃんの方」

 私はびっくりして、自然に息が止まりました。

「月日子ちゃんは博士がついてるから大丈夫じゃないかな」
「そうかしら。あんな事もあったし、このままプロジェクトに加えておくのは可哀相な気がして」
「君も情が移ってきたかな?」
「そうかもね」
「確かに彼女は、アレスやダイアナのように存在理由がはっきりしないけどね。でもこれも博士の計算の内なんじゃないのかな」
「染色体の無変化も計算?」
「そうかもしれないね。あの人は、私にも未だにわからない人だから……本当にわからないよ」

 セオドアさんは溜息をつきました。

「自分のクローンを造るなんてさ」


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お読み下さってありがとうございます!
ようやく書き上がりましたー(汗)。
つーかもうすぐ終わる(はず)のに、こんな展開にしていいのか!?
いえね、400字原稿用紙に換算しなおしたら、もう少しで300枚越しそうなので(爆)、
どうせなら考えついたこと全部やっちゃおうと思いまして。
長々と長々と負担ばっかりおかけしますが、あと2回ぐらいで終わる予定なので、
どうぞおつきあいくださいませ・・・・・。(02/01/17)

華天。



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