よってらっしゃい見てらっしゃい
世にも奇妙なフリーク・ショウ
見なきゃ損そん、一生の後悔だよ!
[17]
[17.001]
温かいな、と思う。
普段素っ気ないくせに、本当はこんなにあたたかい。
流れ込んできた『データ』。消されてしまった記憶には、辛いこと、嫌なこともたくさんあったけれど、もっとあたたかい記憶が、もっとあたたかいあなたがいた。
本当はこんな風ではなく、あなたのことを知りたかったのだけど。
そろそろ起きなくてはいけない頃合いだけれど、もう少しこうしていよう。
この刻はすぐに終わるから。
[17.1]
ジャッキー・ウォンはハンディカメラを抱えなおした。カメラは彼自身のものだ。てのひらより少し大きいだけなのに、この人混みでは邪魔で仕方がない。とはいえこれを手放してしまえば、久遠の言っていた「スクープ」をみすみす逃すことになる。何よりTVマンとしての矜持が保たれない。
大通りをゆっくりと進む山車は、年々派手になっていく。気の早い一台が既に電飾を点しているが、もう少し日が落ちれば全ての山車から光が洪水となって溢れてくるだろう。
人々は工夫を凝らした衣装を身につけ、手に、胸に、髪に、花を飾っている。夜光花だ。昼間のうちにたっぷりと光を吸わせれば、一晩中でも輝いている。新色の「マーズルビー」が多いようだ。本来の淡い香りも花が集まり、また熱気で温められていつもよりも強く香っている。
久遠は少し離れた街灯の下に立っていた。いつもの黒づくめの姿だが、色の洪水の中で一際異彩を放っている。
このカーニバルで何かが起きる。
久遠が言った「スクープ」をウォンは考えた。暴動や事故の類なら毎年のように起る。わざわざ彼女が忠告するほどのことではない。では一体何が?
そもそも、と久遠をさりげなく映しながら、ウォンは首を傾げる。久遠は何故があんなところに現れたのだろう。
あんなところ……マーズTVの衣装倉庫に。
[17.2]
『だから何度も教えたろう? 何でそんなところに出るんだよ! へっぽこ! 方向音痴!!』
ラングの怒鳴り声に、李は慌ててメモ帳のフラップを閉じた。まだ何事か言っているのか、フラップがびりびり振動している。李は思い切って蓋を開くと、大声で叫んだ。
「どうせへっぽこですよーぅ!!!」
ふん、と鼻を鳴らしてポケットにメモ帳を突っ込んだ。マーズTVの職員が持ってきた車椅子をひったくるように受け取る。
「勇ましいね、さすが捜査官……」
「どういう意味ですかっ!」
じろりと睨み付ける。が、慌てて、
「済みません、車椅子、ありがとうございます。それと、ほかの物は……?」
「今探しています。それにしても、延長コードに入出力プラグ、パソコン、カロリースティックにビタミン剤……何に使うんですか?」
「そ、捜査上の秘密です! 衣装倉庫には、決して入らないで下さいね!」
言って李はガラガラと車椅子を押して駆けていった。
[17.3]
きらきらしたドレスをまとった少女が、久遠の前で立ち止まった。ピンクのスパングルを煌めかせながら、髪に挿していた赤い夜光花を、優雅な手つきで久遠に捧げる。久遠はこの小淑女から膝をついて花を受け取ると、コートの襟に挿した。
少女はパレードに戻り、久遠は彼女を見送って、ウォンはそれをビデオに収めた。
陽は徐々に傾き、あちこちで電飾が点灯し始める。
ウォンは人混みをかき分けて、久遠の側に近づいた。
「ねぇ久遠さん、一体何が起こるっていうんです? どこからかタレコミでもあったんですか?」
「済みません、ウォンさん。実は私も何が起こるかわからないんです」
思いがけない久遠の言葉に、ウォンは目を丸くした。
「本当に済みません。これは捜査官の依頼ではありません。久遠月日子個人の頼み事です。撮る価値がないと判断したら、中止して下さって構いません……けれどどうしてもウォンさんに撮って貰いたかったんです」
「何が起こるかわからないのに?」
「はい」
「私に?」
「はい」
少し空気が湿り始めた。人が集まりすぎて、この地区の気温が上がってきたのだろう。気象管理局が湿度を上げたのかもしれない。
ウォンは大きく息を吐くと、肩をすくめた。
「OK、わかりました。個人の頼みとはいえ、久遠月日子が私を指名してくれたんです。これは、名誉だ。そしてチャンスです。スクープをモノにすれば、また元の位置に返り咲けますから」
笑って告げると、ウォンは足首に巻いていたポーチから、小型のカメラを取り出した。ハンディを腰に巻き小型をしっかり握ると、気合い一声、街灯をよじ登り始めた。
「ウォンさん?!」
思いも寄らぬウォンの行動に、久遠も驚きを隠せない。
「こっちの方を街灯の先に固定して、予備にしようかと。画質は悪いんですが、スクープを逃すよりよっぽどいい」
「気を付けて下さいね!」
「なぁに、大丈夫ですよ。確かに久遠さんよりも年寄りですが、ラング捜査官よりはずっと若いんですから!」
取り付けを終え、ウォンがウィンクをする。つられるように久遠もかすかに微笑んだ。衣装倉庫に現れてから冷たくこわばっていたような顔がようやく溶けたようだった。
さらさらと雨が降り始めた。霧のように柔らかく細かな水滴はイルミネーションを反射させ、一層きらびやかにパレードを彩る。熱せられた人々は、その美しさと涼しさにこの雨を歓迎した。
しかし久遠は眉を寄せた。木星衛星都市ならいざ知らず、火星のドームの気象は完璧にコントロールされている。年に一度のカーニバル、この大切な日に雨など降らす訳がない。そもそも熱気を鎮めるのに湿度を上げてどうする。僅か1℃、気温ボタンを下げればいいのに。
だがその疑問もつかの間。凄まじい歓声が上がった。
パレードの中央に向けられる賞賛のシュプレヒコール。皆がその名を叫ぶ、強く、激しく、そうすることが福をもたらすかのように。
「D・D!」
現れた彼女の姿は、火星の女神に相応しいものだった。シンプルな白のドレスだったが、長い金の髪を風に流し、ドレスの裾、大きく開いた胸元やすらりとした腕に網のように細かく編んだ宝石を纏っている。その上へ更に赤い夜光花をふんだんに飾っていた。周囲のイルミネーションを宝石が反射し、夜光花の光と霧雨も相まって、赤いオーラが彼女から立ち上っているようだ。その美しさに、久遠も一瞬我を忘れた。
D・Dが山車の上から手を振れば至る所で悲鳴のような歓声が上がり、目線を投げかければその藍色の瞳の中に一瞬でも納まろうと人々は殺到した。
「D・D!」
「D・D!」
久遠とウォンもまた、魅入られたようにD・Dの乗る山車へと引き寄せられていった。同じように人々も殺到する。躓いて転ぶ者もいる。気付かずそれを踏みつける者も。だが誰も悲鳴も上げず、ただただD・Dを見つめ、彼女に酔いしれていた。新しい麻薬のように。
突然背をぐいと押され、久遠は前にのめった。紫の帽子についた金の飾りピンが頬をかすめる。鋭い痛みに久遠は我に返った。
「ウォンさん! 余り行くと危ない!」
しかし声は人々の煌めく衣装に吸い込まれて届かない。
久遠の隣で幼い子がつまづいたように転んだ。慌てて抱き起こしたが、子どもはほんの少しの間に細い踵や尖った靴先で踏まれいた。大丈夫、と声をかけるより早く、子どもは久遠脳でから飛び降りて、また群衆の中をD・Dへと向かっていった。うっとりと目を輝かせながら。
「D・D!」
「D・D!」
雨を含んだ髪が、頬に張り付き始める。唇に集った水滴が、久遠の舌先に転がった。雨は飲んでも構わない。飲み水と同じ貯水タンクから降るのだから。
「まさか!」
久遠は叫んでウォンを探した。だが彼の背はスパンコールの光に紛れてどこにも見えない。視線を上げると、D・Dはは両腕を大きく広げ、満面の笑みで観衆を見渡して叫んだ。
「ようこそ、カーニバルへ!」
興奮は頂点に達し、その瞬間、
ぶつん
山車の電飾が一斉に落ちた。
[17.3]
イルミネーションが全て消え、辺りは闇に包まれた。しかし人々はそれを奇妙に思うことはなかった。同じように彼らの意識もまた落ちていたからだ。
暗闇の中、夜光花だけが淡やかに光を放っている。人々が自らに飾ったものだ。動くものは何もない。幻想的とすらいえる光景だった。
それを、満足そうに見つめている者がいた。
D・Dである。赤い夜光花のオーラを纏いながら、美しい顔を歪ませるように微笑んでいた。
「綺麗だなぁ……動くものが居ないと、街も古代遺跡のようだね。そう思わない?」
D・Dの視線の先には、久遠がいた。この惨状の中で、久遠とD・Dだけがしっかりと立ち、互いを見つめ合っていた。久遠は、頬の傷から垂れる血を手の甲でぐいと拭った。
「ラッキーだね、月日子。トランス直前に目が醒めるなんて。運も実力のうちってやつだかな」
「D・D……これは君がやったのか?」
「ははっ、D・Dだって? 何言ってるのさ、月日子。わからない? それとも覚えてない、と訊いた方がいいのかな。もしくはこう言おうか、」
藍色の瞳がすぅっと細くなる。
「ハッカー・アレスは、火星の電脳をジャックした」
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怒濤のUPの15ー16に比べ、やはりというか当然というか、
何なのこの遅さは!? と自分でも困ってしまいます……。
今年中に終わるのか!? いやあと一週間あるぞ! ばんがれ自分!
負けるな自分! 明日の夕陽は美しいぞ!!(01/12/23)
華天。