花は何処へいった? 地図には何も書いてない。
花は何処へいったの? 楽園の場所を知っている?
[11]
[11.1]
言っている意味がまるで分からなかった。私はただ依頼通りにデータを提供しただけなのに。リチャードが死んで悲しいのは、月日子だけじゃない。例えアタマの全てがゼロと1で埋め尽くされていても。
何故月日子はあれ程苛立つのだろう? 写真が違うと言われても、それは月日子の方がおかしい。私は間違ってはいない。
私に思い出などはない。記憶は全て記録である。
友と語る思い出は一つもないのだ。依頼者に提供するデータは星を覆う程あるのに。
それを一番よく知っているのは、人間としてまともな脳の使い方をしていた時代を懐かしく思うのは、切なく思うのは、
誰より私だというのに。
[11.2]
グラウエンは身を隠した。全ての画像データを書き換えて。別人のデータにはできない、あまりにも有名すぎたから。微妙に変えれば気づかれる確率は確実に減る。『死後』に出回る映像の全てをそうすれば、『グラウエンの正しい顔』はこちらに変わる。連盟の仕業か「GAZA」の技か、どちらにせよたやすい事だろう。
「でもみんなグラウエンさんが死んだと思ってます。間違い写真だってすぐにわかるような気もしますけど……」
李の眼にもう涙はない。ラング共々眼の下にうっすらと隈ができている以外は、きりりと引き締まった、いつもの瞳を見せていた。
「人間の記憶なんて存外あいまいなモンだぜ。それに多少おかしいと感じても、出てる写真が全部そうなら、自分で自分を納得させちまうのさ。アラアラちょーっと勘違いしてたわ、ってな。それにプラスして……」
「プラスして?」
「……記憶の訂正、さ」
李の問いに、ラングが紫煙と共に呟く。その言葉に久遠は小さく唇を噛んだ。頭の片隅にずっとあったが、考えたく無かった事だった。
「記憶の訂正……でもどうやって? グラウエンさん、有名人すぎますよ。火星には何億という人がいるのに」
「さぁな。連盟の最高機密だ、俺らごときの手に届く場所にあるわきゃねぇ」
ラングは最後の煙を大きく吸い込むと、先程から猫のように足元に待ち受けていたクリーナーに吸い殻を落とした。丸いフォルムの清掃ロボはカシカシと軽やかに飲み込んで、次のゴミを探しに出かける。
「ありゃー、美銀、済まねぇが、煙草買ってきてくれねぇか?」
尻ポケットの手が空振りに終わり、ラングは李に哀れにすがる。
「ええっ、そんなの自分で行ってくださいよぅ!」
「釣り銭やるから。昨日も一昨日も寝られなかったし、俺ァもうクタクタで動けねぇよ。頼む!」
「……こんな時だけ年寄りぶって」
李はぶつぶついいながら、小銭の乗ったラングの手をすぅと押しのけて財布を取り上げ、札を一枚取りだした。
「一箱、でいいんですよね? 行ってきます」
ニッコリ笑って立ち去る。
「くそ、あいつめ……」
大きく舌打ちをしたラングと、軽快な足取りの李を見て、久遠は声を立てて笑った。
「オイオイ珍しいな、月日子? しばらく……そうだな、少なくとも二、三年はお前のそんなバカ笑いを見た覚えがないぜ」
「そうかな?」
喉の奥に笑い声を残したまま、久遠は尋ね返した。
「こう見えても笑い上戸なんだよ、私は。確かにもうずっと笑い声なんて出さなかったがね」
「グラウとじゃ笑えなかったか? あいつは結構大ボケだと思うんだが」
久遠の笑みが苦笑いに変わる。
「グラウエンと組むのは集中力がいる。この六年、あれの邪魔をしないようにするので精一杯だった。笑っている余裕などなかったさ」
それよりも、と久遠は表情を引き締めた。
「李に聞かれたくない話なのか?」
このヘビースモーカーが煙草を買い忘れることは決してないと、久遠は知っている。その通り、ラングは頷いた。ジャケットの内ポケットから取りだしたのは、煙草。火を付けて深く吸い込む。
「まぁ待てよ。俺もいまいち考えがまとまらねぇんだ」
差し出された煙草を、久遠は一本受け取ってくわえた。気の早いクリーナーが数台、こちらをうかがっている。
「まず、グラウのことだ。どうして奴は消される羽目になったんだ? そこが俺にはわからねぇ」
だが久遠は答えない。唇からは細く紫煙がたなびくばかり。ラングは辛抱強くこの沈黙を待った。
「グラウエンの計画書は読んだか?」
「ああ、『電脳』を使ってハッカーをパクるってやつだろ? 贅沢な囮だぜ」
「……多分、それかもしれない。D・Dを囮にするのは情報局では渋っていたみたいで、適正者を探してそちらを使いたがっていたらしいから」
「グラウがその適正者だってか? 幾ら何でも出来過ぎだろ」
だが二人にはそれしか思い浮かばない。いらいらとラングは煙幕を作り出す。
「記憶の訂正はどうやって行われると思う、ラング?」
不意に久遠が尋ねた。
「さぁな。こればっかりは捜査官でも扱えない極秘モンだからな。診察券を持って並ぶンじゃないことだけは確かだぜ」
ドレッド・ヘアを掻きながらラングは皮肉な笑みを浮かべる。訂正は何度か行われ、そのことにも気づかない程完璧な筈だ。自分の知らない内に、我が身を変えられていると知ったら、火星の人々はパニックを起こすだろう。
いや、それも訂正してしまえば良いのか。
「……どうにせよ、連盟の連中にも記憶の訂正がかかってるってことだな。グラウの写真に誰も気づかないのがそれだ。するとやっかいだぞ、月日子?」
久遠は頷いた。連盟の誰も気づかない、もしくは連盟上層部が絡んでいるとなると、訂正を受けてない自分たちは武器を使えないことになる。連盟最大の『情報ネットワーク』という武器を。グラウエンの行動を探ろうとすればするほど、周囲の目が厳しく光ることになるだろう。
「それも仕方ないさ。上に目を付けられるのは今に始まったことじゃない」
久遠の言葉を受け、ラングはニヤリと笑う。
「そうこなくちゃ。で、訂正のことなんだが……」
「そう、訂正は……D・Dにも及ぶと思うか? 実際D・Dはグラウエンの顔を、」
久遠は言葉を切り、呟くように告げた。
「忘れていたが」
「……ヒデェこと言わせて貰うがな、月日子」
ラングは肩をすくめると、片眼鏡を光らせた。久遠の名を呼ぶ口元が皮肉そうに歪む。
「D・Dの頭ン中は0と1で一杯だ、書き換えなんぞ簡単さ。誰よりもキレイさっぱり訂正されてるだろうよ」
うなだれる久遠に構わず、ラングは続ける。
「アジア系ルーツの悪い癖さ。地球時代の大昔から物にも心があるって信じてきたからな。俺にもそういう気はあるが、けど……」
「D・Dはモノじゃない」
久遠は黒い瞳でラングを見つめた。
「モノじゃないんだ」
「気持ちは分かるがな月日子、余り肩入れするな。あいつは電脳プロジェクトの為に生まれた奴だ。元から違う種類なんだよ」
「違う……」
「そう、その通り『違う』んだよ、月日子。月の遺伝子センターから『とっておき』を持ってきたって話だぜ、プロジェクトのために。噂ぐらい聞いたことあるだろう?」
「違う、私は子どもの頃にD・Dと一緒にいた! 友達だった、ずっと一緒にいるって約束をしはずなんだ!」
久遠の左耳にはキラキラと光るピアスがある。訂正された記憶は、その朧さ故にかえって存在を強固に主張していた。
ラングは久遠の顔をじっと見つめたが、ふと眼を反らすと口笛を吹いてクリーナーを呼んだ。2秒もしないうちに丸いフォルムが現れる。久遠の指先を焦がしそうな煙草を自分のものと一緒にを投げ込み、また新しいのを取りだして火を付ける。ラングの差し出した一本を、久遠は今度は首を横に振った。
「なぁ、やっぱりお前ぇ、クドー博士の娘だって噂、本当だったんだな」
久遠はゆっくり頷いた。
ツキヤ・クドー。
火星の最高科学者で、ブレイン・データベースの開発者の一人であった。脳をいじる狂気の科学者、とそしられたこともあったが、まだ10代だった少女科学者との共同開発で、システム理論を完成させた。ただ、システムの本格稼働を前に、交通事故で亡くなってしまったのだが。
久遠は頭の後ろがチリチリと痛んだ。ラングが無意識のうちに含んでしまった意味を、敏感に感じ取っていた。即ち、自分への『オプション』の有無を。
久遠自身、幼い頃はブレイン・データベースの候補者だったが、いつしか外れていた。思えば『ダイアナ』が登場したからなのだろうが、後はもう混乱して、訂正を免れた正しい記憶なのか、こうだろうと想像したものなのか区別が付かない。
「なぁ、月日子。俺、美銀に訂正を受けさせようと思うんだが……」
「酷い、どうして!!」
叫んだのは久遠ではなく。
戻ってきた李美銀だった。
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説明の回。長いだけで動きがないッスね(泣)
貼りまくった伏線の収集を付けるのに必死。
「面白いかも!」「つまらんかも……」と自問自答の日々は続きます。
つーか話長いよ、月日子とオッサン。美銀帰ってくるの当たり前だよ(爆)。
華天 拝 01/04/19