オーケイ じゃあ信じてご覧
君の信じるモノを 最後の瞬間まで



[10]
[10.1]

 火星にもまだこんな場所があったのかと驚くような暗い小路。ネオン灯の光は届かず人通りも無い。奥の方からわめき声と続いてガタガタと何かの倒れる音。叫びながら小路から走り出る若者が二人。
 そして。

 壁にもたれかかりながら出てきた男。
 人工月の光が淡やかに照らす金の髪。腹部を押さえた手の間からこぼれる液体。蛇口がついているように。地面へ倒れ、映像はそこから変わらなくなった。誰も来ない、場所。

「道路の向かいの監視カメラのものです」

 先に口を開いたのはジャッキー・ウォン。感情の無い口調は職業のせいだけではない。久遠は指を組んだまま無言で画面を見つめている。その視線を断ち切るように、ウォンは映像を消した。

「この後救急車が来て、運ばれていきました」
「これも流したんですか?」

 久遠の問いにウォンは首を左右に振る。

「ショッキング過ぎます。視聴率は上がるでしょうけどね。悲しみが増すだけですよ」

 久遠は小さく頷いた。ありがとう、と呟くように言う。

「今時こんなにあっさり死んでしまうなんて。いろいろとバカをやったが、こんなヘマをやらかすなんて」
 ウォンはまた首を振った。

「誰もが彼のファンでしたよ。あなたとあの人のチームに助けられた人間はこのマーズTVにも大勢いる。みんな彼を忘れたりしませんよ」

 ウォンは画像を切り替えた。画面にグラウエンの写真が浮かぶ。少しクセのついた柔らかそうな金髪。深い水のような青碧の眼。おしゃべりそうな口元。だが。
 ふと久遠は眉を寄せた。

「ウォンさん。この写真はどこから?」
「連盟のデーターベースからですよ。『電脳』から引き出しました」

 しかしまだ久遠の表情が曇ったままなのを見て、慌てて付け加える。

「ちゃんと正規の手続きを踏んでアクセスしましたよ? 身分証明書用の写真を貰ったんですけど、何か?」

 久遠はじっと画面を見つめ、長い指先でグラウエンの輪郭をゆっくり撫でる。その仕種に、ウォンはパートナーの死を悼んでいるのだと思い静かに口をつぐんだ。だが久遠は全く別の事を考えていた。

 これはグラウエンではない、と。

 確かによく似てるが、彼特有の『甘さ』のようなものが無い。むしろシャープな印象さえある。組んでいた六年間、どんな緊迫した事態でも彼がその『甘さ』を失った事は無かった。いついかなる時も。

「ウォンさん」
「はい?」
「これは、本当にグラウエンか?」

 睨み付けるような黒い瞳。この人は突然の出来事を受け入れられないのだ、そう思ったウォンは悲しげに、だがハッキリと頷き言った。

「残念ですが、グラウエンさんですよ」



[10.2]
 久遠はマーズTVを出ると、すぐさまラングを呼び出した。合流したいと話すと、同じドームの西B公園にいるという。すぐに行くと告げて、久遠はエアレールのターミナルへ向かった。

 街はいよいよ華やぎを増している。まだ陽も高いのに色とりどりのネオン灯が派手な光をばらまいている。人いきれでのぼせる者も多いだろう。誰もが肩をぶつけながら歩いている。走り出したいのを押さえつけながら、久遠は逆流するように歩く。

 D・Dにアクセス。ダイレクトイン、捜査官の特権。
 メモ帳の画面にD・Dが映る。悲しげな藍色の瞳。

『月日子……』

 ひとこと名を呼んだきり言葉が出てこない。

「済まないがD・D、話は後だ。グラウエンの写真を出してくれないか?」
『リチャードの写真? いつ頃のを何枚ですか?』
「入庁当時からのをランダムで。メモ帳の容量一杯に送ってくれ」
『はぁ??』

 D・Dが首を傾げる。事件へのアプローチは捜査員それぞれ。今までも捜査員達の理解しがたい依頼を受けてきた彼女だったが、今回はまた格別だった。ともあれすぐさま検索を始める。

『では、今日は21日ですから、2と1が連番で入っているものを。その中から更にランダム・ピックアップします。順番は六年分をループで送信。速度を速めますので、通話回線を切って下さい』
「よろしく」

 久遠は画面を消した。
 エアレールで三駅、バスレールで一駅、乗り換えて四駅。駆け足と改札フリーパス。西B公園へは十分もあれば余裕で着く。サングラスもかけず素顔をさらしていたが、車内で久遠に話しかける者は誰もいなかった。
 凝視する小さな画面。次々と映し出されるグラウエンの顔。若いものから少しずつ歳を経て、また若いものに変わる繰り返し。久遠の疑問は確信と怒りに変わる。

「D・D、転送はもういい」

 通話回線を確立。不機嫌な久遠にD・Dはひどく驚いたようだ。藍色の眼が丸くなっている。

『どうしました、月日子。何か不都合でも?』
「D・D、君は本当にこの写真がグラウエンだと思っているんだね?」
『そうですよ。彼以外の誰だっていうんですか?』

 きょとんとしてD・Dは尋ね返す。久遠は我が目、我が耳が信じられず唇を噛んだ。鋭い痛み。紛れもない現実。

『月日子?』
「違う、といったら? 今転送した写真は、グラウエンじゃないと私が言ったら、D・Dはどうする?」
『ふざけてないでシャキッとして、月日子。あなたには為すべき事がまだたくさんあるんですよ。殉職は、捜査官の誰もが志願したときから覚悟してる事です。リチャードだけが死んだのではないし、彼の死で悲しいのはあなただけじゃ……』
「違う!」

 久遠は叫んだ。

「そうじゃないだろう、D・D!? どうして思い出せないんだ! この写真はグラウエンじゃない。あいつの本当の顔を思い出してくれ!」

 だがD・Dは首を傾げた。金繻子の髪がさらりと華奢な肩に流れる。

「私の記録では、この人がリチャード・グラウエンですよ?」
「D・D……」
「それに、私には思い出はありません。全ては記録です。あなたもよくお分かりの筈でしょう?」

 久遠は怒りに言葉を忘れ、D・Dはそれを理解できずに沈黙した。

「……依頼が入りました。こちらの回線を切ります」

 画面はぷつんと暗くなった。



[10.3]
 西B公園へ入ってすぐ、久遠は噴水の側で手を振る影を見つけた。李だった。隣ではラングが白い石の縁に座り、もうもうと煙草をふかしている。

「あの、月日子さん……なんて言っていいか……」

 李の目の縁が赤い。捜査官は事件を担当すると睡眠時間は皆無に等しくなる。その上「グラウエン死亡」の報である。久遠を見上げる李の大きな瞳に、涙の粒が盛り上がってくる。

「泣くのはまだ先だ。これを見て欲しい」

 李にメモ帳を差し出す。涙を堪えて李はメモ帳を見、首を傾げた。ラングも脇からのぞき見る。

「どう思う?」
「……グラウのそっくりさんコンテストか?」
「むしろ双子のご兄弟じゃありません? 随分とよく似てますもん。でも双子だなんて知りませんでしたけど?」

 それを聞いて、久遠の唇に笑みが浮かぶ。メモ帳のフラップを閉じると、二人に顔を寄せ囁いた。

「グラウエンは生きているらしい」



to next→


back9


生きたり死んだり忙しいグラウエンの巻。テヘ♪
こっからまた長くなりそうな気配がもにょもにょと・・・・。
「事件を解決して終わる」を目標に書きましょう、ええ。
好きなだけ(笑)。


華天 拝



「カーニバル」トップへ    虚像劇場へ     目次へ