ヴァスラフ:高野史緒:中央公論社
*あらすじ*
 踊るためだけに生まれたようなダンサー・ヴァスラフ。人とは思えない素晴らしい跳躍力、
滞空時間、表現力。しかし彼は「現実」には存在しない。
ヴァスラフの舞台は「電脳空間」だった……。
*感想*
 作者お得意のクラシック+ヴァーチャル小説。大好きさー!!(*⌒▽⌒*)
 彼女の小説に影響受けて、あたしゃ「C」を書いたようなもんだ(笑)。
 で、「ヴァスラフ」。書き方が今までと違って戯曲形式だったから、読みづらいっちゃ読みづらかったけど(笑)、
 やっぱり世界観は最高です。帝政ロシア時代のニジンスキーが実は……という意外性(←冒頭で正体は分かるけど)。
 彼を巡る人々の思惑がからまり重なり、そして迎えるラスト。切ないッス。
 (これ読む前に「C」を書いて良かったぁ、とほっともしたし)。
 演劇で見てみたい、と思ったけどバレエで見た方が面白いかも。科白はマイム(バレエのパントマイム)と踊りで表現できるし。
 ともあれ、美しい舞台を観させて貰いました。


R.P.G.:宮部みゆき:集英社文庫
*あらすじ*
 ある男性が殺された。数日前に殺された女性と遺留品が共通していたため、
合同捜査となるが、その中で男性の奇妙な「家族」が浮かび上がってきた。
それはインターネット上の「家族」だった。男性には現実の家族もあったのだが……。

*感想*
 宮部みゆき、2冊目です。前に読んだ「クロス・ファイア」ほど読みづらくはなく、ラストの衝撃(爆)もなく。
 途中で犯人分かっちゃったし。タイトルの意味もわかっちゃったし……(泣)。
 でもタイトルの付け方、上手だよねぇ……ってプロに失礼だろオイ(笑)。
 いわゆるネットでの「なりきり」をめぐる事件なのだけど、「なりきり」を散々やってた自分にとって
 耳の痛い話でした(トホホ)。あと「クロス・ファイア」の石津刑事を出す意味あんのかな、と
 読みながらずっと思ってたんだけど、彼女の最後の言葉に納得。このために、この人はいるのね、と。
 「クロス・ファイア」がいろんな意味であまりにも衝撃的だったので、もう宮部作品は読まないかも……と思ってましたが、
 「R.P.G.」を読んだら、他のも読んでみたくなりました。


紫骸城事件:上遠野浩平:
*あらすじ*
 大昔、魔女リ・カーズが作り上げた巨大な城・紫骸城。ぶつかる魔法を全て吸収する城では、
 現在は毎年魔道大会が開かれている。開会直前、前回の優勝者が衆人環視の中、
 干涸らびて死んだ。審査委員として呼ばれていたフロス・フローレイド大佐は、次々と起こる
 殺人事件に巻き込まれていく。

*感想*
 今回も魔法世界ならではのトリックを使ったミステリーが冴えてます♪ ラストエピソードにぞくぞく!
 これぞファンタジーならではのエピソードで、すごく格好良かったー!!
 けれど。けれどごめん!! 私、話の後半までずーーーーーーーーーーーーーーーっと、
 フロスを女性だと思ってました(切腹)。
 口絵、こう、軍に携わる女性みたいな凛々しい感じだったし、軍服にフリルついてたし(爆)、
 一人称も「私」だったし、男口調の女性ってキャラは好みだったし(ヲイ)………………。
 謎解きよりもなによりも、後半、男だと気付いてからそればっかり気になって(泣)。
 どーもすいません。


永遠の仔(上・下):天童荒太:幻冬舎
*あらすじ*
 優希、梁平、笙一郎。「動物園」で出会った三人は、そこを去ると同時に
別の道を歩み始めたはずだった。耐え難い想いを、抱え、癒そうと、折り合おうと、
押さえ込もうとしながら、さらにまた傷ついていく心。
再び三人が出会った時、運命はまた回り始めていく。

*感想*
 「つらかったこと」その壱。なんでこの子達がここまで過酷な生を生きなきゃいけないんだろう、と。
 作者は鬼だ、と思いましたね。いくらフィクションでもひでぇ、と。
 虐待を受けていた三人の、その虐待がまた「死んだ方が『絶対に』マシ」という状況じゃない感じが
 これまた辛い。肉体の死までは追い詰まらない、けれど心は確実に壊死していく、そういう虐待。
 子どもが。これまたその虐待を我慢してしまうのが、泣けてくる。
 虐待されて、だのに当の親にほんのすこしだけ優しいところを気まぐれに見せられて。
 その僅かの優しさが、その子には温かな春雨のように嬉しくて。
 それっぽちの優しさのために、子は親から離れられないでいる。
 これって無意識の調教? とか思ったり。(「永遠の仔」に関してはね)
 誰よりもお父さん・お母さんに認められたくて、頑張ってきた子ども達は、ずっとずっと
 「認められたい」と思ったまま走り続けていくんだろうか。
 そのままで生きていていいんだよ、と。
 特に優希の、本当の心を押し殺して、そのことに自分すらも気付かずに、患者のために
 一生懸命「必要とされている看護婦」として働く姿が、痛々しかった。

 「つらかったこと」その弐。長さ。いやーもう長い。徐々に明かされていく三人の過去、
 薄氷を踏むような日常生活の「普通」さ、などなど、やっぱりこの長さが必要なんだと思うけど、
 やはしちょっち長くて大変でした。序盤は静かな感じでずっと話が進むから、よけい……。
 すんません……。


地獄堂霊界通信U・悪ガキin恐怖の花園:香月日輪:ポプラ社
*あらすじ*
 桜、百合、椿、山茶花……花のあやかしや花に込められた想いを、悪ガキ三人組が
溶かしてゆく。今回はサービスは余りありません(爆)

*感想*
 死神やらヴァンパイアやら、ここんとこ大スペクタクル・バトルの多かった三人悪でしたが(笑)、
 今回は彼らの身近なところが舞台となっていて、ちょっと一安心♪ ほっと息抜き、みたいな?(笑)
 (いや事件の大小を比較してるんじゃないし、小編だからてっちゃんたちが手抜きしてる、と
 思っているんじゃないからね? 念のため(笑))
 今回は4つの花がテーマ。ゆえにおはなしも4本。むー、たくさん読めるのは嬉しいが、一つ一つを
 もっとじっくりよみたーーーい!! とワガママを言ってみる(笑)。
 山茶花の話が好きですね。あとてっちゃんが主人公の椿。
 山茶花は三人悪の一生懸命さが好き。シリーズ初期の頃の誰かのために一生懸命になる、という感じが
 戻ってきた感じがして。元よりあたしは友情モノに弱い(爆)。
 椿は純粋に「怖い話」として面白かった。「椿の花が●の●になって●●ていく」なんて怖すぎる。イヤーーーー!!!
 百合は……リョーチンが主役の話だったんだけど、あんまり……(笑)。百合とリョーチン……渋い選花だ(笑)。
 花言葉とか関係あるのでしょうかね。
 桜は、椎名が主人公。「過去」の場面はそりゃもう美しくて切ない。綺麗。椎名の「ご意見」も相変わらず冴えてます…
 ……つーか冴えすぎだよ(笑)。ああ何てヤな小学生なんだ椎名!!(爆笑)
 次回はどんな話になるのか、楽しみです〜♪

 個人的に、竜也兄は初期の頃の顔が好きです(笑)。  


華胥の幽夢:小野不由美:講談社
*あらすじ*
 十二国の短編集。(←あっさり(爆))

*感想*
 十二国記シリーズで、所有しているのが「暁の天……」とこれしかないので、「……この国の話っていつ出てきたっけ?」
 「この人ってどの話に出てきたっけ?」と「?」マークだらけで読んでました(爆)。
 シリーズを買おうかなぁ……ホワイトハート版にするべきか、講談社文庫版にするべきか、悩むところ。
 感想としては、某王様の碁石が100個貯まらないことを祈るのみ、という感じです(笑)。


モンスターフルーツの熟れるとき:小林恭二:新潮社
*あらすじ*
 渋谷・猿楽町に住む「わたし」は、幼い頃の友と再会し関わっていく度に、
 いいようのない「なにか」を感じ始める。それは街全体を覆い、人を虜にし、そして「わたし」は
 幼い頃のある約束を思い出す……。

*感想*
 もともと「文藝」系の小説はあまり読まないし、好きじゃないのだけど(作者の想いの強さに当てられてしまって具合がわるくなるのだ(爆))
 これは装丁に惹かれて手に取りました。濡れたような肌をしている女性と、フルーツの写真の表紙。
 ただ二つとも、安いデジカメで撮ったような、粒子の粗くて潰れている……。
 もう、ね? 読み終わったら「これしかない!」っていうような表紙&タイトルだよ。
 読まずとも一見の価値あり(笑)。
 何が驚いたって話の筋立てや最後の「仕掛け」はもちろんだけど、作者の教養の深さ、だス。
 何気ない言葉の端々に、長年小説を書き続けてきたがための知性と深さが表れていて、
 おバカな小娘を優しくかつ的確に諭すような、ものすごく説得力のある文でした……あたしにはこんなの書けない……。
 (↑つーか張り合うつもりだったのか!?) 


そして粛清の扉を:黒武洋:新潮社
*あらすじ*
 「みなさんは全員人質です」……3年D組の担任・近藤亜矢子は銃を手に宣言した。
一人、また一人、犯した「罪」をあばかれては殺されていく。
第一回ホラーサスペンス賞大賞作品。

*感想*
 「バトルロワイアル」と読み比べてやろうと意地悪い魂胆で読んでいたのだけど、
 うーん、これは比べられないよ。作者の云いたいことって全然違うもの。
 たしかに「同級生同士が殺し合いをする」バトロワと、「教師が生徒を殺していく」扉の設定は似ているし、
 これが受賞した頃に丁度バトロワ映画化の話が出てて話題になったしね。
 (多分、FFとDQを比べて論じろ、というのと似ているのではないかと)
 で感想。結構面白かったッス。主人公の亜矢子を藤山寛美さんに演じさせたら、すごく迫力出ると思う。
 前評判で心配していた「乍ら」とか「呉れますか」も、思ったほど気にはならなかったし。
 (でもやっぱり現代日本語表記として違うんじゃないかと思う。その辺は後ほど(笑))
 ただ、あたしは登場人物に感情移入して読む方なので、今回は亜矢子には全然感情移入できなかったし、
 だからといって生徒たちの誰にものめり込むことはできなかった。生徒達はどうしようもない悪い奴らばかりだったし、
 亜矢子がどうしてクラス全員を殺すような激情を持つに至ったかが、いまいち伝わってこなかった。
 それに、最後のどんでん返しもすごく唐突な気がして。つーかたった一ヶ月でいいの!? みたいな(笑)←読んだ人は笑って。
 そして「あの人」とどういうルートで知り合ったのかも全然わからん。唐突だってば。
 巻末の選考評で桐野夏生氏も仰っていたけど、もう少し書き込んでもよかったんじゃないかなぁと。
 漢字変換の癖はあるけど、文章そのものはすごく読みやすかったから、亜矢子の復讐にかける心理や、
 生徒達の悪行の限りを全てどばーっと描いたほうが、読後のカタルシス……ちゅーかスッキリ感がもっと出たかも。
 でも面白かったんだよ?

えー、で、漢字変換について。
 噂の「呉れる」と「乍ら」です(笑)。
 この黒武氏って、どういう意図があって漢字を使っているのかな、と。
 「呉れる」はよく長野まゆみ氏も使っているけど、彼女の場合は視覚効果と、時代設定などをわざとあいまいにするために
 使っているんだと思うのね。例えば「ソーダ水」と「曹達水」じゃ、何となくイメージが違うでしょ?
 でも「扉」の場合は時代は現代だし、特に目で見た漢字のイメージとリンクするような表現はないし。
 一応、国語辞典では「くれる」は「呉れる」で表記されてるけど、今時は使わないでしょ、漢字では。
 あと「乍ら」。「ながら」と読みます。これは辞書でもひらがなでした。
 ウチのパソ子さん(辞書はエイトーク11)でも最初の変換はひらがなですよ。何でわざわざ難しくするんじゃろ??
 しかも途中何カ所か普通に「ながら」になっているところがあって、「乍ら」と「ながら」の
 使い分けの意図も全くもってわからんかった。漢字はワープロまかせなんじゃろうか……?
 過剰な漢字変換(笑)といえば、歌手の椎名林檎嬢もそうだけど、彼女の場合は確信犯でしょう、「自作自演」のための。
 黒武氏はそこまで演じきるわけでもないし、長野氏のような視覚効果を狙ってるのでもないし。
 文章そのものは変な癖がなくてとても読みやすいんだけど、この二つの変換でどうもひっかかるんですね。
 文章の癖でいったら「池袋ウエストゲートパーク」の石田氏の方がよっぽどクセ者(笑)。
 あと、数字の表記が……。「一人、二人」の読みは「ひとり、ふたり」であり、多分誰もがワープロでそのように
 打ち込んで変換キーを押していると思うけど、トビラでは「1人、2人」と表記されてるの。
 これもまた変換キーの乱打っぽい気がしてならない。まさか数字キーで1を押して、「ひと」って打って変換してるんじゃあるまいし。
 横書き・横読みだとまだいいだろうけど、そりゃないよ、みたいな(笑)。
 そりゃないよといえば、人物の年齢表記に「(78)」ってーのはないだろ?(爆笑)
 亜矢子、作中でどうやって喋ってるんだろう。カッコナナジュウハチカッコトヂル?(笑)あ、トヂルは視覚効果ね(笑)。
 もー、話の筋とは全然関係ないことばかりひっかかっちゃって、あちこちツッコミ入れながら読みました。
 「何気に(なにげに)」とか「駄弁る(だべる)」とか平気で使ってるし……。いや、イマドキの高校生を表記するなら、
 こういうのもありだと思うけど、いいのかなぁ? と引っかかるんですね。
 トリックや伏線、強調したい部分などに作者としてわざと「ひっかかり」を残すのは構わないけど(それこそ椎名林檎風にね)、
 全然関係ないところで読者を引っかけてしまってる気がします。
 つーかもっと長くなりそうなのでこの辺にて。

ちなみにあたしは、自分で書けない字と、辞書の変換キー1回で出てこないような漢字は、
どうしてもその字の効果を得たい場合以外は使わないようにしたいなと思ってます。


ブギーポップ・リターンズ vsイマジネーター:上遠野浩平:電撃文庫(上下巻)
*あらすじ*
 あなたは心の中に何かが足りないと思ったことはない? 他人にはあるのに、
自分にはそれがないと悩んだことは? でも心配はいらないわ。もうすぐ「その時」が来る。
全ての苦しみの終わるときが来る……ブギーポップが邪魔をしなければね。

*感想*
 とうとう買っちゃいました。古本屋からじゃないッスよ、本屋さんで定価でですよ(笑)。
 こうやって結局全巻買いそうだ、あたしゃ……。
 自分には何かが欠けている、と誰しも必ず思うこと。心は丸じゃない。いびつな形だからこそ
 人はそれを埋めたいと願うのだし、そのために努力するのだろう。でも「埋めてあげる」といわれたら?
 誰かによって……じゃないな、誰かの手によって埋められる心、は、既に自分のものじゃないだろう。
 友達や恋人によって埋められる心の欠片というのは、イマジネーターが施すようなピースの埋め込みではない。
 何をどうしても完璧にはならない、それが個性となりその人となるのだと思う……と青春論を語ってみた(笑)。
 うーん、何か感想がまとまらん。
 上遠野節は相変わらずッス。全体を少々シニカルな視線が貫いてる感じ。きっとそれはブギーの視線で、
 作者の視線でもあるんだろうな。

 あまり関係ないが、あたしは「ブギーポップ」と一回でキーを打てた試しがない……いつも「ぶぎーぽっぴ(目標のずれ)」とか
 「ぶぎ0ぷっpぷ(目標のずれ+キーの打ちすぎ)」とか。練習しときます……。