釣りについて

ヘラブナ
黒鯛の魚拓


ヘラブナ

 どこにそれほどの魅力があるのだろうか。再びヘラブナの魚影を求めて湖沼に出没するという状態が続いている。季節によっては磯にクロダイを釣りに行くこともある。けれども私の中でヘラブナには特別の思い入れがあるようだ。食べておいしという魚ではない。味に関しては海の魚とは比較にならない。むしろ食べられないと言った方が良さそうだ。  それなのに雨の降りしきる近くの湖沼で、早朝から日没まで竿を振り続けるのは何故なのだろうか。昔から言い古されている言葉に「釣りはフナに始まってフナに終わる」というのがある。始めのフナは子どもの頃に手製の竿でミミズを餌に近くの沼で釣った、いわゆるマブナを指しているのであろう。今はどうか知らないが、我々の育った頃は一度も釣りをしたことがないという子どもはいなかった。そして後の方のフナがヘラブナであろう。
 初めてヘラブナに挑戦したのは25年ほど前である。土日は毎週通った。虜になってしまった。道具にもずいぶんお金がかかった。ヘラブナ釣りに熱中する人たちほど道具に凝る釣り人はいない。自らをヘラ師と称して、特別の模様のついた竿や数十センチもある繊細な浮きを使い、一日中椅子に腰掛けたまま繰り返し竿を振っては浮きの目盛りを読む。中には浮きの材料として珍重される孔雀の羽を手に入れるために孔雀を飼っている人もいるぐらいだ。私もそういうヘラ師たちと同じ道具を揃えた時はそれだけで一人前になった気になったものだ。しかしながら最初の一枚を上げるのに3カ月かかった。ヘラブナは偶然に釣れる魚ではない。いつのまにか針にかかっていたということは絶対にない。繊細な釣りなのである。ヘラブナは餌を口にすすり込んでもすぐに吐き出す。針を柔らかいマッシュポテトでくるんだ仕掛けを水面に投じ、浮きの動きを読んで竿を合わせる。竿が満月を描いて穂先が水面下に引き込まれる時のときめきはたとえようもないものだ。
 この感触を味わいたくてヘラブナのシーズンが終わればクロダイを狙って磯や防波堤に出かける。こちらはなんと HERA いっても食べておいしい。一枚でも釣れれば家族にも歓迎される。 しかも私にとって魅力なのは釣りの感覚がヘラブナに大変似ているのだ。魚体の形も似ているし、何よりも繊細な仕掛けでないとクロダイは警戒して寄って来ない。足音を立てることはもちろん、くしゃみ一つ出来ないのである。粘りに粘ってようやく釣れた時の穂先の絞り込みは釣りの醍醐味を満喫させてくれる。ヘラブナは釣れても全部再放流してくるが、クロダイはもちろん家に持って帰る。早く帰って家族に見せたいという気持ちはヘラブナでは味わえない。  ただ私も最近は年齢を感じるようになった。足場の悪い磯や夜の防波堤で、寒風に吹かれながら一日中忍耐強く魚信を待っているというのがどうにも億劫になってきた。といって渓流釣りや船釣りなど他の色々な魚に挑戦してみたいという気も起きない。それよりはヘラブナの奥義をもっともっと極めたいという欲求が年々募ってきた訳である。私の釣りもやはりフナに始まってフナに終わるようである。
 しかしながら私たち小病院を取りまく昨今の医療の環境は大変に厳しい。せめて週末ぐらいは静かな湖に出かけて、ゆっくりした気持ちでヘラブナとの対話を楽しみたいものである。



黒鯛の魚拓

   拙宅の自室に黒鯛の魚拓が掛けられている(写真)。昭和55年6月10日の日付になっているから、かれこれ22年前に釣り上げたものである。当時の同僚で現在能代市内で開業されている三田重人先生と同行した時であった。同じような大きさのものはその後も何枚か釣れたことがあるが、魚拓がないということはそれを作らないうちに人にあげるか食べるかしてしまったのであろう。黒鯛釣りは勤務医の頃に凝りに凝った時期がある。夕方勤めが終わるやいなや八森方面の磯に出かけていき、夕まずめの一時間を狙う。釣れなければそのまま夜釣りに入って9時頃までねばる。帰る途中で新しい餌を買い、また翌日の早朝3時頃出かけて行く。これを一週間も続けると結構疲れたが、行くたびに釣れたこともある。だからせっかく釣れても食べる暇がなかった。シーズンごとの磯通いは数年間続いた。楽しい思い出であるがもう昔のことである。病院を開業してからは年に数回しか行っていない。特にここ2、3年は釣れても手のひらサイズである。最近再び大物がかかった時の竿の感触が甦り、同じ感触をもう一度味わいたい気持ちが高まってきた。
KURODAI  地元の新聞の北羽新報に毎週金曜日に釣り情報が掲載される。釣具店や釣り同好会の有志の方が書いておられるのだと思うが、「どこそこで黒鯛が釣れている。ひとり0から5枚」などと書いてある。行けば必ず釣れそうな気になってくる。だから記事を読むと矢も楯もたまらず行きたくなる。黒鯛はよほどのベテランでもない限り、あるいは黒鯛日和の日を選んでいつでも行ける人でない限り、20回通って1枚上がればいいほうだと言われている。だからよく考えてみると0から5枚ということは、5枚釣った人がひとりいてほかの人たちは皆ほとんどゼロなのではないだろうか。
 最近は大物は滅多に釣れなくなったと聞いているが、それでも今年は5月下旬から6月中旬の、黒鯛が産卵のために浅場に来るいわゆる乗っ込みのシーズン中に是非魚拓に耐え得る大きさのものを一枚でも上げたいという思いが募った。だが時機を逸してしまった。何かと多忙であったし、波や風や気温の具合がちょうどいい黒鯛日和が休日に当たらなかったのである。
 釣りの好きな人には解ってもらえると思うが、釣れなくてもいいからとにかく釣り場に行って無性に竿をおろしたくなる時がある。それだけで気持ちが安らぐのである。そう言う意味では自宅から近いところがいいわけであるが、能代市の北防波堤は入り口に鉄柵が取り付けられて通行止めの状態になっている。外海に面してたくさんのテトラポットが沈められているがこのテトラポットからの転落事故が多いから取られた処置であろう。柵をくぐり抜けて行くことは出来るが、先端まで歩けば20分はかかる。昭和58年の日本海中部地震ではたくさんの人が津波で水難事故にあった。しかも黒鯛シーズンの5月下旬であった。だからいつ地震がやってくるかと思えばやはり怖い。南防波堤は以前は格好の釣り場だったが今は火力発電所の一部になり、出入り禁止である。北防波堤と南防波堤の中間に離れの防波堤があるが、船で渡して貰わないと行けない。ここは海面まで7メートルの高さである。海も直接外海に面しているため深そうである。一度落とし込みの仕掛けで一枚上げかけたが手網が届かず、海に落ちそうになって魚をバラしてしまったことがある。それ以来怖くて行かないようにしている。男鹿の離れ磯は黒鯛の魚影が濃いと言われているが遠いし、ここも船で渡して貰って夕方迎えに来て貰うことになるのでひとりで出かけるところではない。結局近くの磯に行くしかない。山本郡八森町付近から北上して青森県西津軽郡一帯まですべて黒鯛釣りのポイントである。車から降りて少し歩くだけでどこでも好きな場所を選べる。ただ沖磯に渡らない限り海岸線の磯はほとんどが浅いから、波が少し荒れ気味で海水に濁りが入っていないと釣れない。澄んでいたり、凪いでいたりすると全くだめである。今シーズンの休日はほとんどが晴天で穏やかな日だった。そういう日は行っても釣れる気がしないし竿をおろす気にもなれないのである。残念極まりない。暖かい日だと泳いでいる人さえいる。全く釣りにならない。海はみんなのものだから怒るわけにもいかない。だから泣く泣く竿を仕舞って家に帰るしかない。
 今年の乗っ込みシーズンは諦めた。夏の防波堤での夜釣りも前述のようにこの地方では避けたほうが賢明であろう。ただ、秋になると黒鯛は年間を通じて最も狙い目の時期になる。越冬に備えて磯の浅場を回遊し、荒食いの状態になるからである。さらに冬の黒鯛は寒クロと称して大物が多く、引きも強いから釣りの醍醐味を存分に味わえる点で素晴らしい。冬は晴れた日でも十分釣りになるが、かなり寒いし岩も滑るから厳重な装備と厳密な注意が必要である。先回の「ヘラブナ」の項で、寒風に吹かれながら忍耐強く黒鯛の魚信を待つのはどうにも億劫になってきたと書いたが、自分の年齢を考えるとチャンスは年ごとに減っていく。今年は夏の間に体を鍛えておいて、是非秋から冬にかけて大物をせめて一枚でも上げ、新しい魚拓をこのホームページで紹介したいと考えているがうまくいくだろうか。


ひとつ戻る
TOPページへ